第5話 テーラー江藤

 人気タレント、テーラー江藤が司会を務めるお昼のワイドショー【なんでもかんでもアフタヌーン】に出演が決まった。渡辺が動画サイトにアップしていたワープ実験が評判を呼び、テーラー江藤の目に留まったのだ。

 渡辺はあらゆる手を使ってメディアにアクセスしていた。資金がない者は、メディアに取り上げてもらって只で宣伝をしてもらうしかない。

 実際、渡辺はあせっていた。この装置を造る資金を街の金融業者から借りていたのだ。市中銀行がワープ装置の開発などというお伽噺おとぎばなしのような話に融資をするはずはない。借金の額は300万ほどだったが、月30万の利息を請求する電話がひっきりなしにかってくるようになった。このままでは、大学にまで取り立てにやって来られるのは時間の問題だ。そうなると、金銭問題に厳しい学長の丹下源太たんげげんたの機嫌を損ねることは目に見えている。やっと手にした教授という地位も危ういものになってくる。

 それだけではない。この男、研究費を流用しているのだ。これがバレたらこの業界に住むことはできない。建築学界の世界的権威であり、政財界にも恐ろしいほど顔が効く学長の丹下たんげ逆鱗げきりんに触れることは確実だからだ。今まで何かとトラブルを起こしてきた渡辺も同郷で同じ高校の先輩後輩という関係で何かとかぼってきてもらってきた経緯もある。研究費流用という事実が発覚すれば、それが却って憎さ百倍になって帰ってくるだろう。学会から永久追放になることは確実だ。民間の研究機関や企業も相手にしてくれないだろう。そうなると、故郷の島にでも帰って蜜柑みかんでも作るしかない。

 この際、運送会社の巨額の投資なんかどうでもいい、買ってくれる人がいるなら誰でもいいと思うようになっていた。どこかの好事家こうじかが興味本位で買ってくれればそれでもいい。とにかく今は現金が欲しい。

 なりふり構わず、動画サイトのアイ・チューブにワープ実験の映像をアップしたという次第だ。「種が分かった人には1000万円出す」という懸賞金を付けたのが評判に拍車をかけた。その上、サイト内に侵入して、再生回数を100万回に改ざんした。

 反響は凄まじかった。再生回数の改ざんはもうする必要はなかった。あっという間に2000万回を超えたのだ。

 1000万なんて金があるわけが無い。だが、種がばれる心配もない。これは、マジックでもトリックでもない。サイエンスなのだ。「たね」なんかそもそも存在しないのだ。

 動画は、映像に細工さいくがされているという批判をかわすため、人々が行き交う路上で、時計を三台並べ、しかも、三方向から撮影した。動画サイトには、細工の痕跡こんせきは見られないという映像のプロからのコメントが並んだ。

 だが、ジュリーは鋭い指摘をしてきた。

「ほんと、馬鹿ね。種が分かったらなんて。これじゃ、最初から種のあるマジックだと言ってるようなもんじゃない。私たちマジシャンじゃないんだからね。ワープシステムを売りたいんでしょ」

「………」

返す言葉がない。ジュリー女史の仰る《おっしゃる》とおりの事、至極当然しごくとうぜんもっともなのでございます。だが、借金取りに追われている渡辺にすれば、そんなことは承知の上、どうでもいいのである。


 ワイドショーは始まった。もちろん生放送だ。

 渡辺とジュリーの二人は白衣を着た科学者然ぜんとした装いで登場した。

「さあ、ネタが分かった方には1000万ですよ。注意して、よーく見てくださいよ」      

 テーラー江藤があおる。

 デモンストレーションは滞りなく終わった。テーラー江藤の帽子は確実に3メートルの瞬間移動をした。

 会場からため息が漏れる。

「誰か、瞬間移動してもらいたい物があったら言って下さいよ」             

テーラー江藤は、会場から瞬間異動する物のリクエストを始めた。

「その女性のストッキングお願いしまーす」

会場から早速さっそく声がかかった。会場から笑いが起こる。

「ジュリーさん、という事ですけどよろしいですか」

テーラー江藤の言葉に、

「よろしいですわよ」

と答えると、ジュリーは椅子に片足を載せて黒いストッキングを脱ぎ始めた。すらりと伸びた白く長い足が現れる。会場の男たちは生唾を飲みこむ。

 黒いストッキングは、何の支障もなく瞬間移動をした。テーラー江藤がストッキングを取り出して皆に見せる。ついでに匂いを嗅ぐふりをして。

「匂いも同時に移ってますよ」

と言うと、会場はどっと沸いた。

「覚えとけ、テーラー、必ずぶっ殺してやる」

 ジュリーは、テーラー江藤をにらみ付け小声でささやいた。

「どんどん種明かしお願いしますよ、よーく観察して見破ってください。1000万ですよ。プロ、アマ問わないということですよ」

 テーラー江藤のボルテージが上がる。

「ほら、マジックとしか見てないじゃない」

 ジュリーが、ボソッと呟いた。


 とにかく受けた。いつもは視聴率13~16%のところ、25%にまで跳ね上がったのだ。となると、この業界の常識、シリーズ化して飽きられるまでは・・・ というパターンである。

 賞金目的の種明かし挑戦者が嵐のように応募して来た。その中で、これはと思われるものをスタッフが厳選して挑戦をさせた。

 二人は、ことごとく退けた。

 自信満々でやって来た有名なプロマジシャンも、顔を青・赤に染め、髪を逆立て、肩を落として退場してゆく。

 そろそろ馬鹿らしくなってきたジュリーが叫んだ。

「種なんか無えんだよ。サイエンスなんだよ!」

 

 マジックでもトリックでもないサイエンスだと主張する二人に世間は注目した。大学教授とその助手というのも、最初は新人のお笑い芸人のキャッチフレーズかと思われていたのが、この頃になると本物の大学教授とその助手だということが知れ渡り、人気に拍車がかかった。

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