閑話①
「アレスの鎧が届いたそうだ。テオ用の服も見繕って持ってくるように伝えたから、テオノーラもおいで」
伯爵領から戻って数日後、シャウラのそんな言葉とともにアレスとテオノーラは広間に呼び出された。二人が入ると、広間には周到にも試着用と思しきカーテンが取り付けられており、仕立て屋たちがにこにこと二人を出迎えた。もちろん、一番機嫌がいいのはシャウラだったが。
「待っていたぞ。早速着てみろ」
経験上、こればかりは逆らえないし逃げられない。恭しく礼をしてアレスは箱を受け取った。
「どうだ、アレス」
「はーい」
気怠い返事とともにカーテンが開く。鎧は黒、衣は赤を基調とし、全体的には騎士の銀と青とは対比するような色合いだ。アレス自身の割れた光輪をモチーフとしたらしい幾何学的な金色の装飾が要所にあしらわている。鎧は胸や肩、脚といった要所だけを守るようなスリムなデザインで、これは飛行を邪魔しないようにという配慮だろう。
赤と黒と金というあまりに鮮烈に強い色の取り合わせは、赤い髪に金色の瞳、そして背に白い翼をもつアレスのための衣装であればこそ。緻密に設計された細身のラインが過度に煽情的にならず、むしろ上品に体を覆い隠すように見えるのは、本人の隙のない肉体美によるものだ。同じ鎧を渡されたとて同じように着こなせる人間はこの地上には居ないだろう。
「いかがでしょうか我が殿下。お気に召していただけましたか」
くるりと回転して見せたアレスが甘く微笑む。仕立て屋の針子たちからは歓声と拍手が起こり、テオノーラも思わず嘆息する。まさに美しき天使と呼ぶに相応しい——こうして大人しく笑っていれば。
シャウラは周囲の様子も意に介さず、アレスのことをじいっと見つめたのち、ひとつ頷いてこう言った。
「ここの丈は2cm短いほうが絶対綺麗だった」
「殿下、時には妥協も必要かと存じます」
最近、テオノーラもアレスの口にする皮肉がだいぶ理解できるようになってきた。今のは翻訳すると「変わるかい」だ。
「む……まぁよいか。それから、アレス。お前用の武器だ」
すると、若い男性がアレスの前にうやうやしく一振りの剣を差し出した。アレスはそれを受け取って、細かく検分する。こと剣の注文に関してはシャウラ任せではなく、アレスも強く介入していた。
「しかしアレス。その剣、ずいぶんと細いな。訓練用か?」
「
アレスはそう言って剣を抜く。すると詠唱もなく、刀身が炎を纏った。周囲からおお、と声が上がる。
「なるほど。そうして攻撃するわけだな」
「はい。武器の素材を選ぶので難しいのですが、これほどのものを仕上げていただけるとは。ありがとうございます」
アレスが優雅に礼をすると、仕立て屋はみなもう感涙せんばかりだ。シャウラも鷹揚に頷く。
「さて、アレスの分はこれで全部だったか。次はテオノーラだな」
そう言うと、シャウラは部屋の隅に所せましと並べられたドレスを指した。
どれも、とても品のいいものであることはわかるのだが、テオノーラには具体的な生地の違いだとか、今の流行だとかの違いはさっぱりだ。そもそもこれほど華やかで上品なドレスの中から本当に自分の服を選ぶのだろうか?テオノーラの外見的特徴がうまく伝わっていなかったのかもしれない。自分にはこんなドレスなんてひとつも似合いそうにないのに。
それでも
「え!?この花柄、よく見たら柄じゃなくて全部刺繍!?」
「はい!当店の取引している工房で、職人が一針一針、丹精に縫い込んだものにございます!刺繍ならではの立体感と華やかさが自慢の一点でございます!」
「えーと、じゃあ、こっちの軽そうな……、これ、何の布です?やたらすべすべしてて普通じゃないような……」
「そちらの白いドレスは当店でも特別な魔法素材を使っている商品になっておりますね!素材で涼しさも確保しつつ、随所にタックが入っておりますので、この一着だけでシルエットが華やかに整います!これからの季節にぜひ!」
「じゃ、じゃあこっちのワンピースは……こ、これ、ビーズかと思ったら袖口に一周してるの宝石じゃないですか!?」
「はい!さすが、テオノーラ様はお目が高くございます。こちらは、大陸西岸の美しい海辺で採取された真珠をひとつひとつ厳選してあしらえた、当店でも唯一無二のお品にございます!」
——ひとつひとつ言い添えてくれる仕立て屋の丁寧な説明で、違いがよくわかった。ここにテオノーラが手を出せるような手ごろな品などひとつもないということだ。
「えーと、アレス様。こういうのってどう選べばいいんでしょう。全部高そ……、じゃなかった。私には豪華すぎます」
「さあ。殿下と店の者の見立てにお任せすればよろしいかと。それでは、失礼いたします」
テオノーラが困惑してアレスを見上げると、彼はにこやかにそう言って、さっさと部屋から出て行ってしまった。そういえば、彼は試着の後からいやに機嫌よく振舞ってはいなかったか?
(……何か、嫌な予感を察知して、でも波風立てずに帰りたいとき、みたいな)
体術や剣術にも優れており、強力な火魔法の使い手で、少し皮肉屋で物怖じしない堕天使。そんな彼が、いったい何を恐れるというのだろうか。
テオノーラの疑問は、シャウラのにこやかな一言ですぐに答え合わせがされた。
「さて、とりあえずここにあるのは全部合わせてみるとして」
「え?……えっと、殿下。何着か身軽で地味なのがあればいいかなーって」
「何を言う。戴冠式にはテオも出席してもらうぞ」
「殿下?え、なに、戴冠式?」
「お前にはヴェーレ領復興の旗頭になってもらうのだからな。今後パーティーだ茶会だの機会は山ほどあろう」
「ねえ、聞いてない」
「となれば王家がお前の能力を評価し重用しているということを示さねばならん。もちろん俺が払うから遠慮するな。お前が流行遅れのドレスを着ることは今後ないぞ」
「知らない知らない、なにその世界」
一言ごとにテオノーラは後ずさるが、もちろんシャウラがそれを許すはずもない。
「ということでとりあえず夏用だけでも、20、いや女性は30着は必要だな……さ、まずは左端から」
「殿下!!なんでそんな全部急なの!!」
にこにことした針子たちに、しかしがっちりと捕まえられて試着に連れ込まれるテオノーラを後目に、アレスはさっさと部屋を離れる。
「あ、アレス!!知ってたわね!!この──!!」
テオノーラの恨みがましい叫び声など、当然聞こえないフリをした。
シャウラの猟犬 たいてい @rabi_unus
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