第18話
ヴェーレ伯爵は大やけどを負って気絶した。その腕はすすけた、ただの人間の腕に戻っていた。伯爵をエドに引き渡したのち、シャウラとアレスは伯爵の部屋に戻った。
ずいぶんショッキングな様相になってしまった部屋にテオノーラを連れゆくのはさすがに憚られたので、彼女は庭に留守番だ。その彼女曰く、『お父さんが大事なものを隠すなら机の一番下の引き出しかクローゼットの引き出し。多分』とのことだった。
果たして実際にその通りであり、シャウラはクローゼットの引き出しから借用書を発見した。紙一枚というあまりに簡素な紙面に目を通した彼が不服そうに唸ったので、アレスも横から内容を覗き見る。
「……借りた額面は書いてあるが、これを融資したのが神殿だという証拠がどこにもないな。血液売買をしろと迫った証拠も」
「あら~」
「貸出人名義は……ティスクル公爵領になっているのか」
「ああ、えーと……占者の長老の娘だか息子だかを嫁にした人でしたっけ」
「娘だ。とはいえ、公爵領の総資産と照らしても明らかに大きすぎる額面が動いているからな。これを材料にゆするくらいは出来ようよ」
「ま、それならそれなりの収穫はありましたかね。帰りましょう、殿下」
「うん。……そうだ、この転送魔法の魔法陣はどうする」
「カストル曰く、血でだいぶ汚れてしまったので二度とは使えないだろうとのことでした。図形もかなり複雑ですし、もともと伯爵ではない誰かが禁書かなにか見つけてここに描いたのでしょうね」
「そうか。あああダメだ、全然協力者の尻尾が掴めないじゃないか……」
釈然としない様子のシャウラをアレスがまぁまぁと宥めて、ついでにダメ押しでアレスの魔法で魔法陣を軽く炙って完全に解読不能にしたのち、二人は再び庭に戻る。
外の風景は白じんできていた。
夜が明け、今度こそ本当の朝日が昇ろうとしていた。
「エド、カストル。どうだった、屋敷の聞き込みのほうは」
「は。借金については、夫人も把握していたようですね」
突然の大きな音に、魔物の出現、果てはあの火球である。
エドは伯爵を拘束すると、起きたはいいが屋敷の中で怯えて縮こまっていたという伯爵婦人や他のきょうだいたち、メイドたちに簡単に事情を説明し、ついでに事情の聞き込みも行っていた。
「夫人は血液の売買とテオノーラ嬢への暴力の関与については否定しておりますが、他のきょうだいやテオノーラ嬢に好意的なメイドたちからの証言によるとクロですね」
「ふん。自白したほうが罪が軽くなるだろうというのにな。薬草一枚分くらいは」
「まったくです。薬草一枚分くらいは」
シャウラとエドはうんうんと頷く。シャウラ達が王都に戻るのと入れ替わりで城の騎士たち、すなわちエドの部下たちがやってきて、もう少し詳しい調査を行ってくれるはずだ。騎士たちは誠実だが貧乏な貴族の次男坊三男坊が多い。不正を働いた貴族宅などは喜々として捜索してくれるだろう。
「カストル、来てくれて助かったぞ」
「お、俺もアレスお兄さんが無事でよかった……、不正の証拠を掴んだって聞いて、エドさんを抱えて、慌てて飛んできたんだよ?」
「空飛ぶのマジで怖かったんですけど。殿下よく耐えてますね」
「あれは慣れだ」
「カストル、いい判断だった。ありがとう」
「え、えへへ……」
アレスはいつになく柔らかく笑って、カストルの頭を撫でてやっている。シャウラはその様子がなんとなく気に入らなかったが、まあいい。いいのだ。本当だ。
「シャウラ殿下、こたびは、大変助かりました」
「おいテオ、このタイミングで言うな」
「タイミングとは?」
テオノーラは困って小首をかしげる。
「お帰りはどうぞ、ウチの馬車を使ってください。どちらにせよ全部取り押さえになるでしょうから」
「ああ、そうさせてもらうよ」
彼女の頬はなおも白く、涙の跡も残っていたが、その表情は晴れやかで、なんとなくシャウラも安堵した。……これなら話を切り出してもいいだろうか。
「さて、エド。騎士団が到着するまでは自警団が見張りをするだろうが、その到着はまだかかるか」
「は。何分急な通報ですので……、おそらくもう二刻かそのくらいはかかるでしょう」
「ん。では少々、テオノーラ嬢とアレスを連れて行きたい場所があるのだが」
「行きたい場所、ですか」
「ああ。彼らが居なければ、我々は今回伯爵を捕まえるに至らなかっただろうからな」
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