まず最初の一手を打ったのはヴィヌス。大弓を限界まで引き絞る。弦を掴む腕から背にかけて筋肉が膨らんでいる。

　ぎちぎちと絞る音を聞きながら、ヴァーサスへ向けて先行するグラシアの背を観察する。

「────ふっ！」

　横薙ぎに一閃。グラシアは先ほどのような迷いなく、目の前の男へと攻撃を開始した。その攻撃は背を逸らして、避けられる。しかしそれは織り込み済みが滑ら禍に次の攻勢を仕掛け、グラシアは膝を男の腹部に打ち込んだ。

「ぐっ！　うぅぅぁああッ！」

　僅かに呻き声を漏らすヴァーサスだったが次の瞬間には態勢を立て直し、次に備える。

　迫りくる女の挙動を見逃さぬとその一挙に集中するが、その予測は裏切られる。

「────！？！？」

　突然グラシアが横へと跳んで、彼女の昏い深海の髪に隠された矢が飛来する。

「はあっ！！」

「ぐッ、があぁっ！？」

　矢を何と剣で跳ね飛ばすが、直後に殴り飛ばされる。が、刹那の間に襟元を掴まれ三度も再びこぶしを打ち据えられる。

　顔面へと跳んできた殴打にヴァーサスは意識を保つのがやっとだった。幸いにも三度目で遠くに飛ばされたことでなんとか立ち上がる。

「（──強いじゃないか。さっきまでと全然違う！　これなら・・・！）」

　立ち上がった男を追撃するために上段から切りかかる。彼はそれを払うために下げた腰を上げながら切り上げ、わずかな鍔迫り合いが起きる。

　それを見逃さないヴィヌスはグラシアの左肩を通して男を狙う。　

　首を曲げてよける男に、グラシアは握った武器にさらに力を加えて力の拮抗を崩す。掠り傷から血を垂らしながら男は仕返しとばかりに握った剣の柄頭で殴り掛かる。

しかし、再び飛んできた矢が剣身に当たり逸らされる。剣先へと当たったために掌にかかる力が強く思わず離してしまう。

「ッ、チ！　なら──ッ！」

　選んだ手段は徒手空拳。　まずはグラシアの武器を無力化しようと彼女の手首をつかみ取ろうと右手を伸ばす。

　

「させません────！」

　が、ヴィヌスに阻まれ失敗に終わる。その隙にグラシアは剣を自ら手放し、両手で彼の頭を掴み膝蹴りをくらわした。

「ふう～～ッ、ああっ！！」

「ッッづっつぅ～～！！！」

　鼻血を垂らし、押されるヴァーサス。　片手で鼻を抑えながら、二人を睨み後退する。呼吸が荒く、疲弊した様子を見せる。

「はあ・・・はあ・・。　は、はは。　なんだできるじゃねえか・・・。

そうだよ、それでいい。もしも、お前らがこの先旅を続けるならその覚悟で進み続けろ！」

　痛みが我慢しながら笑みを浮かべるヴァーサス。二人を試すかのような発言にグラシアは静かに口を開く。

「・・・君は、何のためにこんなことしてるの？」

「何のため？　何のためでもないさ、ただ俺は彼らの様に対禍を殺したいだけだよ。ただようやく知ったこの感情（憎悪）のままに殺し合いを楽しんでいるだけだ」

「・・・その割に君はさっきから私たちのこと心配してるよね？」

　グラシアは、ヴァーサスがわずかに目元が微動したことを見逃さなかった。

「君は最初の時点で私たちを殺せたはずだよ。　ヴィヌスが気絶している間でも私をもっと早くっ殺せてたはず」

「・・・・」

　ヴィヌスが起きたことで考える余裕ができたグラシアは、感じた違和感を解き始める。グラシアとヴァーサスの二人の際はヴァーサスが大きく上回っていたはずだった。揺さぶられた精神のまま、まともに戦えなかったグラシアを容易く殺せることができたにもかかわらず、彼女は今も生きている。　それは彼がほ気ではあっても手を抜いていた証拠であり、彼女はそれを問い詰めた。

「どうして・・・？　君は何がしたいの・・・？」

「・・・・・・聞きたいなら俺に勝て」

「・・・わかった。　じゃあ、これで最後にしよう、ヴィヌス」

「ええ」

　ヴィヌスの返事に合わせ、グラシアは目の前の男へと跳び距離を詰めた。グラシアは既に武器を拾い右手に装備し、ヴァーサスは未だに武器はなくかまえるだけにとどまった。

　

「────、はァッ！」

　最初の攻撃はグラシアが、手に持つ剣を首狙いをつけて横薙ぎに振るう。

　しかし、ヴァーサスはあろうことかそれを膝と肘で受け止めた。ガチンッ、と音が聞こえるほどに歯を食いしばりながら腕と足に力をこめて彼女の剣を押さえつける。

「────ッッッ！！！」

　

　驚愕する彼女を前にもう片方の絵で出彼女の替えをと拳を振りかぶるが、彼女の背後から飛んできた矢によって失敗する。

　二人の攻防は互角、時折飛んでくる矢を避けながら男は彼女の夢寐を狙うがそのこと如くが防がれる。

　殴る、蹴る、肘打ち、膝打ち、頭突き────繰り返される殴打の数々。二人の放つそれらは常軌を逸した速度で繰り出されるためか、掠っただけでも肌が裂かれて血が舞う。

　密着した二人の中で男を的確に狙うヴィヌスは進展しない展開にもどかしく顔を歪ませる。

「どうすれば────。このままではじり貧です。

　・・・！　あれを狙えば・・・」

　ヴィヌスはヴァーサスのあるものへと狙いを定め、機会を待つ。

狙うは一点、ただそれだけを狙ってはならない。タイミングが悪ければ確実に無駄打ちとなってしまう。

「（まだ────まだ────、・・・今！）　シアちゃん！！」

　放つと同時にグラシアの名を呼ぶ。　放たれたやはヴァーサスの首元にしかし矢の方向はからぶってしまう。が、首元にかけられた認識票の鎖には直撃する。

「────なッ」

「！　これで終わり！！」

　鎖の切れた認識票がヴァーサスの視界を遮ってしまう。ほんの一瞬にすぎない間でも、合図を聞いたグラシアにとっては十分だった。　予備動作は必要ない。一瞬のうちに男の胸元へと剣を添え、力いっぱいに押し付ける。

「────────ぐッ！　ぐううぅゥゥ────！」

　反応が遅れ食い込む剣を許してしまう。何とか彼女の腕を掴み押し返そうとするが、それよりもグラシアのほうが早かった。

　深く食い込んだ剣を横へとずらし切り払う。剣先が移動するたびに深く食い込み、肋骨の隙間を抜けて心臓へと到達する。

「がはぁっ！！・・・あああぁぁぁぁあああああ！！

────────づッ、ぢぃィぃぃ...」

　完全にとは言えないが確かに心臓を切り裂いた。　よろよろと後ろに倒れ、震える手で傷口を抑えるヴァーサス。

「ぶはぁッ、ッはあ、はあ────こひュ、ひゆッ、ひゆッ」

　呼吸は荒い。何とか意識を保とうとするが心臓と一緒に肺も一部裂かれたようで、呼吸にイオンが混じっている。

「終わりだね」

「ひゆッ、ひゆッ、────へはっ、ははは・・・そ、うだな」

「ヴァーサスさん」

　戦いの終わりをみてヴィヌスがグラシアのもとへと駆け寄り、

ヴァーサスの名を呼ぶ。

「　はは、強いなぁ。お前ら」

「・・・強いのは君だよ。私たちは二人がかりで君と戦ったんだから」

　グラシアの言葉に、笑みを浮かべて男は否定する。

「いいや、それがあんたらの強ささ。それを否定するわけにはいかないさ」

「────、先ほどの答えを教えていただいても？」

　何かを堪えるかのように目元が震えているが、ヴィヌスが本題へと入らせた。

「ん？・・・げほ、ああ。いいぞ。　・・・俺が、俺の正体に気づいたとき果実そのものの記憶も見た」

「果実の記憶？」

「・・・げほっ、げほっ────あ、ああ。どうしてあの果実が植えられたのか、何の目的があったのか」

　男の言葉にグラシアは驚く。ヴァーサスの言葉が正しければ果実は誰かに植えられたものだということだからだ。　人々の祈りが結実して自然にできる存在が、恣意的な意図をもって植えられた。それは最初に教わった知識と矛盾している。

「いいか、お前らの旅は単なる旅じゃあない。これからどれほど死にかけるかもわからない壁が立ちはだかる！　だから、だか────げほッ、げほっげほっごぶぉ」

「ヴァーサス・・・！」

「はあ、はあ。　は、はは。　だから強く会ってほしかった。　あのままなら確実に途中で行き倒れただろうからな。　だが、最後まで覚悟を持てないままならついには俺が殺していた」

　男の告白。　心中の吐露を二人は静かに聞き入る。

「ごふっ！　・・・はあ～、・・・なあグラシア」

「なに？」

　声は震えていないだろうか、グラシアはその気持ちを思いながら静かに問う。

「お前はこれから、魔道の道を進むだろうさ。　何度も辛いことが起きるだろうさ、何度も後悔にまみれた出来事が起こるだろうさ。でも、でもな────

────────誰かの意思じゃなく、自分の意志で選び取った選択を続けてほしい。後悔ばかりの旅かもしれない、自罰の情が湧く人生かもしれない、だがそれでもどうか自分の選びたい選択をし続けてくれ」

「────────わかった。　約束するよ」

　微笑みの表情を浮かべるグラシア。　血の付着することを厭わず男の手を握りしめ、確かな約束を交わす。

　安心したのだろうか、力なく笑みを受けベル、男は目線をヴィヌスのほうへと向ける。

「ヴィヌス」

「はい」

「お前はグラシアにとって必要な存在だ。　グラシアはお前が傍にいるだけで想像以上に力を発揮できる。　だから支えてやれよ」

「ええ、わかっています」

　ヴィヌスの返答を聞いてヴァーサスは天井を向く。すでに体は胸元の上下しか鵜がいていない。腕も足もピクリとも動かせない男はもう数分とない命であることが二人はわかった。出血多量のせいか青褪めた顔だが何とか心配させまいと無理して笑みを浮かべる姿に二人は心が締め付けられるようだった。

「げふ・・・ほらいけ。　果実はあそこだ」

「うん」

　これ以上はこの姿をさらしたくないと、二人を果実のもとへと催促する。

　二人はそれに従い、一度ヴァーサスの法衣と振り返るがすぐに彼のもとを後にする。

「やっとだね・・・」

「はい」

　まばゆい光が次第に近づくにつれ、グラシアは隣にいる彼女にそっと声をかける。

　ようやく一つ目の果実。　長いようで短い旅だったとグラシアは思う。

「やっと一つ。これがまだ何個もあるんだ」

「ですがこの一歩が大切です。　一歩さえ踏めばその先は始めよりも随分と軽いものですから」

　最初の進歩が最も大事だとヴィヌスは言外に言い、それはしっかりとグラシアに伝わっている。落ち着かせてくれるのだろう、とヴィヌスへと笑みを向けありがとうと口にする。

　その感謝に気をよくして少女らしい可愛らしい笑みを浮かべて足取りが軽くなる。

「────これが」

「祈りの果実」

　光に手を伸ばしグラシアは果実をつかみ取る。すると光が収まり黄金色の林檎が枝から外れる。

　手に収まる林檎のような形をした果実を二人は眺める。宇宙の宙を内包しているような果皮を持ち、一見すれば水の入った硝子玉のようにも見える。

「！　大樹の中が・・・」

「すでに、外は夜なのでしょうね・・・。今までの明るさは全てここから照らしていたのでしょうね」

　段々暗くなっていく大樹の内部。　しかし完全には暗闇が覆うわけではなく夜明けの薄暗さを残してわずかに明るい。

　「じゃあ、食べるよ・・・」

「ええ、どうぞ」

　慎重に林檎を口に着ける。　そしてゆっくりと歯を立て咀嚼する。

「────あれ？」

「どうしました？」

　不思議そうな顔をしたグラシアにヴィヌスは尋ねた。

「口に入れたら・・・消えた」

　口に含んだはずの果実の欠片。それがふわりと薄いシルクにくすぐられたような感覚が舌に残り消えていった。

「え、・のみこんなわけでは・・・？」

「うん、ない。　まだ余ってるから全部食べ切ってみるね」

　そういい、小さなかじり後の残る林檎を今度は先ほどよりも大きく齧る。しゃくしゃくと音を鳴らしながら、一心不乱に食べ続ける。

　グラシアは種のついた硬い芯の部分を感じなかった。そのため、構わず全部を食べ切った。

　しかしそのすべてが口に含んだ瞬間ふわりと消えた。

「・・・駄目。　全部消え────────！！」

「シアちゃん！？」

　突然グラシアは今日れるな眩暈とともに頭痛が起こる。

　ふらふらと倒れそうになるほどの痛みが走る中、グラシアは黒い幻影が走る。

────────ごめんなさい。

　女が泣いている。誰かはわからない。黒い霧がかった姿で声だけが聞こえている。鈴とした声で誰かに向けて謝っている。

────────ごめんなさい。ごめんなさい。産んであげられなくてごめんなさい。

　死産した胎児への謝罪だろうか、涙ぐむ声が頭の中に響き渡る。

────────私はあなたを殺さなければなりません。

　しかし次の言葉でそうではないと気付く。　死産したわけではない、しかし母親らしき人の発言とは思えない言葉に耳を疑う。

────────産まれてしまえば、私たちが死んでしまうから

　意味が分からない。辻褄の合わない言葉に頭がこんがらがってしまう。

────────産まれてしまえば、世界が終ってしまうから

　出産を差す言葉の意味は分からないが、後半の言葉については心当たりがあった。世界が終わるこの言葉の意味はつい最近起きたことだ。しかし、なぜ。

　あれはかつて起きたことだったのか。起きたことがあったから、教皇は今度こそ終わりだと私たちに説明したのか。　しかし、女が何かをする時点で終わりを迎えてしまうのならばどうして私たちは今まで続いているというのか。

　沸き上がる疑問を前に、女の泣く嗚咽が遠ざかる。

「────まだ」

　まだ知りたいことがある。　女の独り言の続きを聴こうとするが、それよりも前にグラシアは意識を取り戻す。周りを見れば、そこは大樹の虚の中。

　目線を下げればこちらを心配するように見続けるヴィヌスの姿。

「シアちゃん？　大丈夫ですか？」

「・・・ヴィヌス。　どれ位時間が経った？」

「え・・・？　時間も何も頭を押さえて十秒もしないうちに・・・」

「・・・そう」

　どうやら数峻の出来事だったようだった。あの不可思議な回想。誰かの記憶を覗いたような感覚のするグラシアは、意識を切り替えヴィヌスに大樹の外に出ようと提案する。

「行こう！　ヴィヌス、たぶんここはもう崩れると思う」

「えぇ・・・？」

　彼女の小さな手を握って先導しようとする刹那、大樹全体が揺れだし急速に根が萎みだした。パラパラと破片が舞い落ちる中、二人はまずいと全力で駆け出す。

「ヴァーサス！」

「────ひゅう、ひゅう」

「ヴィヌス、手伝って！　ヴァーサスの体を以て一緒に出るよ！」

　そういいわずかに呼吸を続ける男の肩を持とうとするが、それを男は振り払った。

「────ひゅい、・・・ここで死なせろ・・・」

　か細く今にも死にそうな声だった。五感の優れた二人だからこそ聞こえるほどの小さな声でヴァーサスは二人を突き放す。

「ヴァーサス・・・でも」

「そうです。　せめてアマリさんの元にでもっ！」

　説得しようとする二人。　今にも崩れそうになる地面の根っこは何とか絡まり合っているからこそ保っていた。そんな状況の中で、男は壁に背を預け、うつむいたままで最後の力で二人に言葉を贈る。

「────俺はもういい。・・・いいから、自分の満足がいくように世界を救って見せろ・・・・がんばれ」

　それは二人に贈る応援の言葉。　力な口元に笑みを浮かべながら、二人に勇気を贈り出す。

「ヴァーサス。　　うん、わかった。　世界を救ってくるね」

「あなたも、より良い来世に期待してください」

　男からの贈り物。　それを無駄にはしないと二人は男をおいて再び駆け出して行った。

　俯く男は横目で二人の遠ざかる背を見ながら、笑みを浮かべてその命を燃え尽きた。次の生は二人が救った世界で生まれたいとそう願いながら。

　走る地面に亀裂が走り巨大な隙間が空いていく。それを飛び越えながら、木の破片を払いのけ、跳んで駆けて出口を目指す。

「ヴィヌス！　コラプサの笛を！！」

「はい！」

　走りながら懐から取り出したのは、小さな木彫りの笛。二人のもう一匹の仲間である大鯨を呼ぶ笛。

　コラプサと名付けられた鯨を呼ぶためにヴィヌスはピィーっと力強く鳴らし、その音は遠くの海に隠れていたコラプサの耳に届いた。

　鳴らし終えた笛を元に戻し、二人はようやく出口のそばまで到達し、外の景色を拝む。

　するとそこには月明かりに照らされながら遠くまで伸びる根が先から腐り、枯れ落ちる光景が。枯れた根の木片が谷底へとおっちていく光景を見ながら、二人は出口を抜け走り続ける。

「！　あそこに！！」

　ヴィヌスが差す先にはとてつもない速度でこちらにやってくる鯨の姿。甲高い鳴き声を鳴らしながら、二人を呼んでいるようだった。

「ヴィヌス、ここから飛ぶよ！」

「ええ！？」

「大丈夫、ここから飛んでもコラプサがしっかり受け止めてくれるか、らっ！」

　驚くヴィヌスを持ち上げて、かつて根の坂となっていた場所の中腹あたりで飛び出した。当然二人の体は浮遊感に包まれ次第に前へ進む力を失い谷底へと落下する。

「きゃああああああああ！！」

　ヴィヌスの高い叫び声を聞きながら、グラシアは空中でコラプサを待つ。

　長い時間が経過したような感覚が全身を支配する。しかし実際は数秒の出来事で二人は突然硬い何かに押し付けられた。

「うわっと・・・」

「むぎゅっ」

　グラシアは身体で着地してそこがコラプサの背負う船の甲板であることに気づく。

　そしてグラシアは両手を伸ばして正面から着地したためにヴィヌスを顔から着地させてしまっていた。

「あ、ごめん。ヴィヌス」

　つぶれたような声を聴きようやく事態を把握したグラシアは、ヴィヌスへと謝罪を口にする。

　真っ赤に顔を腫らして起き上がるヴィヌスは怒りのこもった笑みでグラシアに返す。何も口を開くことはなく、ただ攻めるようにこちらを見続ける彼女にグラシアは苦笑いで返す。

「・・・」

「あはは、ごめんって。・・・それよりも、ありがとう。　君のおかげで助かったよ、ヴィヌス。　コラプサも来てくれてありがとう」

　グラシアはヴィヌスに向けて感謝を述べる。　ヴァーサスとの戦いで彼女の矢に何度も助けられ、彼との決着のきっかけを作り出した彼女に感謝しきれないほどだ。

　そしてコラプサにもまた感謝を述べる。それが伝わったのかコラプサは鳴いて返事をした。

　ヴィヌスはその様子にため息をつきながらも、どういたしましてとやっと笑みを作ってグラシアへと返す。

　これで最初の旅は終わり。　二人を乗せた船は宇宙へと移動した。二人は生き残り、犠牲となった者やこれから死滅する星とそこに暮らす命に向けての謝罪と祈りを捧げながら次の場所へと旅を始める。

　二人が今まで味わったことのない出来事。　新しい友人との決別と死。必要に迫られ、それを為したときの心の傷を二人は忘れないだろう。小さなひびの入った心は治ることなく土に埋まるその時まで二人は背負い続ける。

　今後の旅の中でも何度もそんなことが起きるだろうと二人は覚悟を決めて次を見据える。

　殺した男から贈られた言葉を胸に、最後までやり遂げようと二人は決意する。