第12話
陽が傾き、陽炎によって波打つ輪郭が地平線へと接し始める。
平原に生きる生き物は昼、夜に生きる命に関係なく息を殺して身を潜めている。
彼らはただ非捕食者であるからというわけではない。その環境に生きるすべての生命──捕食者/非捕食者問わず彼らは恐れ、隠れている。
では、何から?
────無論、彼らからだ。
「「オオオオオォォォォォォッ!!!!!!」」
戦場の中に響き渡る、十数万の大絶叫。 そのどれもが殺意に満ちている。
彼らがその殺意を向ける先は生まれた時から共に生きる
しかし、ようやく。ようやく殺せる。手に持った剣を、槍を、斧を、腕を振り被るだけで容易くその身に食い込ませ、血潮をまき散らすことが出来る。
彼らの表情は、血走った眼に狂気的な笑みを浮かべているものしかいない。その笑みを浮かべたまま、彼らは大樹から延びる根の平原を駆けて、自分以外を原因とする死を防ぐため真っ先に対禍へと会敵せんと進み続ける。
「さっきまで、あんなに静かだったのに!」
「あの!私たちはこのまま大樹に向かうのですか!?」
「いいや、このままあいつらが衝突するまで追いかけるぞ!!」
「なぜ!?」
走る三人の先頭を進むヴァーサス。戦争は始まり、当初の予定の通りに進むのであればこのまま三人は大樹の元に向かうだけだった。
しかしヴァーサスはこのまま殺し合う彼らの傍を横切って向かうとつづけた。
「彼ら私たちに興味ないんでしょう ならこのまま戦場に足を踏み入れなくても問題ないと思うけど!?」
「いいや、このままあいつらの間を突っ切る!!」
「だから、どうして!?」
この男の意図がわからない。グラシアはそう思いながらヴァーサスに理由を問い詰める。 わざわざ戦場を通り抜けて進む必要はないはずだ。戦場にいる彼らは只目の前の敵しか映っていない、三人など眼中にないはずだ。
にもかかわらず、危険を冒して戦場に身を乗り出し、彼らの間を抜けて進んでいく必要はない。
「これが!! 必要なことだからだ!!」
「必要なこと!?」
次第に耳に響く彼らの咆哮。 戦士たちの衝突は目前に迫っている。
「ああ! グラシア、お前には知ってもらう必要がある!! この理由は今は言えない!!」
「はあ?」
納得のいかないグラシア。 この男が何を考えているのかわからない。だが、何か確信めいた気迫をもって断定する男に二人は仕方ないと、男に従うことにした。
「ちゃんと後で訳を話してよ?」
「ああ! 当然だ!!」
前方の方から先ほどの咆哮とは違った言葉が聞こえてくる。 そして金属の硬いものがぶつかり合う音、金切り音、何かが食い込む鈍い音が耳に入る。。
「!? 始まった!」
「死ね! 死ねぇ! 死に晒せァ!!」
「はぁーあっはっはははは! お前が! おまえがぁ!!!」
目の先には暗い影と戦う男の姿。 彼の姿に隠れて対する相手の姿は見えない。 だがその背丈は男と同じ。 鎧も手に持つ武器も同じように見える。
「本格的に始まったぞ」
「なら、このまま突っ切って向かえばいいの?」
「ああ!このままいくぞ!」
三人の男女はこのまま男たちの傍を進もうとする。
そして────
「────え?」
「────嘘」
グラシアとヴィヌス、二人が男たちの傍を走り、その顔を目視して直後、二人の言葉が重なった。
この星の悪意。 この星に生きる人間の報われない形質。
それらの片鱗を二人は思い知る。
こちら側の男が戦っているのはもう一人の男。 その男の鼻の高さや、目つき、黒い短髪が全く同じ。 顔つきも背丈も言うに及ばず、さながら鏡合わせの世界。
装備する武具の形も大きさもまったく同一の存在。
それが戦い、殺し合っている。
「な、なんで。 二人いるの!?」
「彼らは気づいていないのですか!?」
「ああ!気づいていない! そも、やつらにとっては関係ないのさ!」
平然と事実を口にするヴァーサスは笑みを浮かべて、後ろを振り向いた。驚愕する二人の表情を見ると、
「これが!この光景こそがこの星の真実だ! どう思う、グラシア!」
「どうって・・・疑問しかないよ! 君が何を知っているのか! この状況だって!」
グラシアの返答に、口角を上げて嬉しそうに笑う。
「ああ! そうだろう! だからこそ俺たちが向かうべき場所があるだろう!!」
進み続ける中で何人もの戦士たちが自身と姿の同じものと戦っていた。 剣を突き立て、盾で殴り殺す。
彼らの総てが目の前にいる敵へと狂気的な笑みを浮かべ、目の前の敵に集中している。
「はぁーはっはっははは!やった! 私はやったんだぁッ!!・・・こはぁ、ふ、ふふふ。 ふう・・ふう・・、お、ぶふぁぁぁ」
「・・・!」
すると敵を殺し切った戦士なのか、やり遂げたように喜び天を仰いでいた。
が、その様子はおかしかった。 先ほどまで元気よかったにもかかわらず、吐血し始めた。しかし、その表情は苦痛ではなく、歓喜にまみれたままに沈んでいた。
「な」
「これが、彼らの末路だよ・・・。 殺した後に死ぬ。 彼らと対禍は命を共有した存在だ。 片方が死ねばもう片方が死ぬ、最初に話した通りだ」
「これが・・・」
実際に目の前で起きた衝撃に二人は目をむいた。
けれど二人は進まなければならない。その事実を目の当たりにしても進まなければならない。
それが頭に入っている二人はその亡骸を横切り、進む。
次第に増える死体の数と血痕。そのどれもが表情は笑みを浮かべ、無垢言われた表情をしている。 が、その時々に怒りの表情をした死体も映っている。
「あれは・・・」
「おそらく、流れやや巻き添えで殺されたんだろうな。 かわいそうに・・・」
「そんなことっ、・・・。 どっちでも関係ない・・・」
そうこぼすグラシア。その漏れた言葉がヴァーサスの耳に入るが、彼は何も言うことは無かった。
走った先にある、大樹の姿。 左右から盛り上がり中心が、坂となって続いている。その距離は数キロはあろうか、彼ら三人はその坂を上る。
「あと、・・・もうすこし!」
「ここを登り切れれば大樹の内部に入れる」
「入口があるのですか?」
「虚に入れば、内部は空間だ! そこから蔓を伝っていけばいい!」
いったこともない大樹の内部をどうしてこの男は知っているのだろうか。その疑問が新たに湧くがそれを口にするものはいなかった。今更理由を聞いても何も満足のいく回答はないだろう。それを理解している、二人は最早発言することは無かった。
「あそこが入口だ」
三人が昇り切った先には、巨大な虚の口が待っていた。その様子は大樹が大口を開けて獲物を待ち受けるようにも見える。
その虚の内部へと続く地面は褐色の根から薄緑の蔓へと変わり、絡まり合うことで形成された道となっている。
「このまま進むぞ」
「ヴィヌス、足を取られないよう気を付けて」
「ええ、ありがとうございます」
三人は蔓の道を信仰し、広い空間に出た。
「ここは・・・」
「とても広いですね」
三人がいる場所は大樹の中とは思えないほどに明るく開けていた。見上げれば、天井が見えない。
「この先だ」
「うん、わかっ・・・・あ?」
「? シアちゃん? どうしましたか?」
突然グラシアは下を向いたまま立ち止まった。その表情は驚愕に満ちており、瞳孔が震えている。
ヴァーサスは彼女の表情に何かを察したのだろう、目を閉じて眉間にしわを寄せている。
「シアちゃん、下を見てどうし・・・ひッ」
グラシアの視線を多動とそこには────
──────血の池に沈む、数々の人間の頭蓋。
戦場に散らかった三条以上の光景が三人の目線の先にはあった。
大樹の最下層、赫い鮮血の池に根が張られ養分と化している。
「な、なんですか・・・あれは・・・」
「なんであんなに死体が・・・あれほどにッ溜まるなんて、いったいどれほどの人が・・・」
「これまでの戦争での死亡者だ。 死体はその場に置かれたままだからな、根が枯れれば、死体は谷底に真っ逆さま。 あの谷の谷底はここと同じような惨状が続いているのさ」
戦場に落ちる死体の末路は大樹の養分として再利用される事実に二人は苦痛に歪ませた表情をする。 この星の住民の最後まで報われない末路は、いまだ二十に満たない少女たちには耐えがたいものだった。
「この先だ。 この先が俺たちの旅の最後だ」
「ここが・・・」
そして広い空間を通過し、続いた先には蔦に覆われているが、わずかに光が漏れている。
「根が張っているな」
「・・・これくらいであれば掻き分けられます」
沈んだ声で根を掴み別けようとする。
「できるのか?」
「ええ、もちろんです、っよ!」
力づくでヴィヌスが根を分ける。空いた隙間はヴィヌスが一人入れるほどだ。残された二人はかがんでようやく入れる大きさだ。
「これで、入れますよ」
「小さいのに強いな、お前」
「小さいは余計です」
そう言い残し、ヴィヌスが先に入っていった。 残された二人は数瞬顔を見合わせグラシアが先に入ることになり、屈んで入っていった。
三人が深部へと入ると見つけた先には光を発する小さな幼木。 しかしその枝には光を発する果実。 林檎のような見た目のそれは金に輝いていながらも、宇宙を内包するかのように異光が輝く。
「あれが・・・『祈りの果実』?」
「そのようですが・・・、ヴァーサスさん、あなたは何・・・かッッ」
ヴィヌスが振り向こうとすると、突如として何者かに蹴り飛ばされた。
「!? ヴィヌス!!!」
遠くで倒れるヴィヌスへと言葉を叫ぶ。 ピクリとも動かない彼女に急いで向かおうとするが、向けられた殺意に足を止める。
「どういうつもり、ヴァーサスッッ!」
ヴィヌスが蹴り上げた張本人。 二人とともに、旅をした男。 常に快活に、楽天に笑顔を絶やさぬ快男児────ヴァーサスは、手に得物を握り、グラシアへと向ける。
「・・・・」
「答えてッ!!」
「俺は・・・」
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