やばすぎる保険屋

銀の筆

第1話 訪問

 「ぬぅ〜」っと、その車が曲がり角から現れた瞬間、春江の背筋に氷を流し込まれたような感覚が走った。

 黒塗りのワゴン。ピカピカに磨き上げられた車体は、冬の薄曇りの光を鈍く反射しながら、家の前でぴたりと止まった。

 エンジン音は消えたが、車内からはすぐに誰も降りてこない。まるで、獲物の動きをじっと見定めている捕食者のように。。。


 やがて、スーツ姿の男がゆっくりと降りてきた。

 四十代半ば、整った顔立ちだが、笑顔がどこか人工的だ。

 そして、その目――笑ってない。


「失礼しま〜す。突然お邪魔いたします。『未来住安』の城田と申します」


 春江の胸の奥で、何かがざわつく。

 それは過去に何度も経験した“嫌な予感”の質感に似ていた。

 夫の茂はこたつから顔を出し、渋い声で応える。


「なんだ、保険の勧誘か?」

「いえいえ、とてもお得なお話です。お二人に、これ以上ないほどの安心をお届けできるプランでして〜」


 城田は、玄関の敷居をまたぐと同時に、家の奥をちらっと見た。

 その視線は物ではなく、人間の寿命の残り時間を計測しているかのようだった。


 説明は簡潔だった。

 家を売れば現金が入り、しかもそのまま住み続けられる。契約者には「終身安心サポート保険」もつく。

 表向きは、老後の不安を解消する夢のような制度だ。


 だが、春江は城田の声の奥に、奇妙な“間”を感じていた。

 言葉と言葉の間に、目に見えない何かが潜んでいる――そう感じさせる間だった。


 帰り際、城田は靴を履きながら、春江の顔をじっと見た。

 その瞳孔はわずかに開き、笑みは形だけ。良い人感を出そうとしていた。

 そして、まるで独り言のように呟いた。


「……この家、いい場所ですね。。。」


 ドアが閉まった瞬間、春江は気づいた。

 あの男は、“売れる家”を見に来たのではない――“奪う家”を見に来たのだ。

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