第6話決勝ゴールとロマーリオの改心
冬の国立競技場は、一年前と同じ、冷たく透き通った空気に包まれていた。
電光掲示板に映し出されたカードは「千葉大学 vs 日本大学」。一年前、5対0という無残なスコアで幕を閉じた因縁の対決が、再びこの場所で再現されようとしていた。
千葉大のロッカールームは、凪いだ海のような静寂が支配していた。
中心に立つponziは、仲間の顔一人ひとりを見つめた。そこには、ユリエの厳しい食事制限を耐え抜き、吐くまで走り込んだ日々を共有した「戦友」たちの顔があった。
「……みんな。一年前、俺たちは負けたんじゃない。あいつの理不尽なまでの『個』に、戦う前から心を折られたんだ」
ponziの声は、低く、しかし驚くほど力強く響いた。
「でも、今日は違う。俺たちはあいつを、このピッチという四角い社会の不協和音として排除する。チームという組織で、野生の王を、ただの迷子にしてやるんだ。……行くぞ」
試合の火蓋が切られた。
日大のロマーリオは、相変わらずの傲慢さでボールを要求し、前回同様に千葉大の陣内を蹂躙しようと試みる。しかし、その顔に余裕があったのは最初の五分だけだった。
ponziのタクトは、一年前より遥かに冷徹で正確だった。彼が指を差す方向に、必ず千葉大の壁が二重、三重に立ちはだかる。ロマーリオが右に持ち出せば、そこには既にカバーの選手がいる。左に切り返せば、足元には泥臭く滑り込むサイドバックがいる。
それは、医学部のユリエが寝る間を惜しんで解析したロマーリオのクセと、経済学部のponziが構築した「コストパフォーマンスを最大化した包囲網」の結実だった。
孤立するロマーリオ。苛立ち、無理な突破を試みるたびに、千葉大の組織が彼を飲み込んでいく。
そして後半三十五分。運命の瞬間が訪れた。
中盤でルーズボールを拾ったponziは、満身創痍の身体で前線へ駆け上がった。既に彼の右膝は、限界を超えていた。一歩踏み出すたびに、骨が軋むような激痛が脳を焼く。だが、彼の視界には、ロマーリオのマークを一瞬で振り切るための「勝利への最短経路」が、一本の光る筋となって見えていた。
「ロマーリオ! これが、お前の犯した罪の落とし前だ!」
ponziは激痛を、怒りという名の潤滑油でねじ伏せ、全身の力を右脚に込めた。
放たれたシュートは、虚空を裂き、ゴールネットの隅を射抜いた。
劇的な先制ゴール。そして、同時に「ブチッ」という嫌な音が、ponziの膝からピッチに響いた。
1対0。
そのまま終了のホイッスルが鳴り響いた。
ピッチに崩れ落ちたのは、一年前と同じ、ponziだった。しかし、その顔に絶望はない。冬の青空を見上げ、彼は初めて、心からの安堵を噛み締めていた。
歓喜に沸くスタンドの隅で、村田ミカは静かに拍手を送っていた。隣には、自分を縛っていた過去である許嫁ケンの姿はなく、彼女自身の意志で選んだ「未来」の景色が広がっていた。一方、ベンチ近くで立ち尽くすユリエは、勝利の喜びよりも先に、恋人の壊れてしまった脚を悟り、泣きながらピッチへ駆け出した。
そして、ロマーリオ。
彼は、敗北の衝撃に震えながら、ピッチに横たわるponziのもとへ歩み寄った。
「……Hey, Japanese BOY. キミハ、俺ガ持ッテイナイ『絆』トイウ魔法ヲ使ッタ。負ケタヨ」
ロマーリオの瞳には、傲慢な王者の影はなく、一人のフットボーラーとしての純粋な敬意が宿っていた。
「俺ハ、クドウヲ裏切ッタ。サッカーノ神様ハ、ソレヲ許サナカッタ。……俺、彼女ト結婚スルヨ。責任、取ル」
ロマーリオは、その場でクドウへの謝罪を誓った。彼は改心し、ポルトガル1部リーグの名門・ベンフィカからのオファーを手に、クドウと共に日本を去ることを決意した。それは、一人の怪物が、人間としての愛を知るための旅立ちでもあった。
一週間後。千葉大付属病院のベッドの上で、ponziは医師から非情な宣告を受けていた。
「残念ですが……選手としての復帰は不可能です。これ以上無理をすれば、歩くことさえ困難になる」
引退。
19歳という若さで訪れた幕切れ。だが、ponziの心は不思議なほど凪いでいた。
窓の外を見つめる彼のもとに、村田ミカが現れた。
「ponziくん。いいえ、今日からはそう呼ぶのは止めにするわ。……お疲れ様。アナタのデュエルは、世界中が称賛に値するものだった」
ミカは、かつてのような契約書ではなく、一通の採用内定通知書を差し出した。
「村田財閥傘下の証券会社。そこでアナタのその卓越した分析力と、絶望の中でも戦術を組み立てる力を振るってみない? サッカーのピッチはないけれど、マーケットという名の、もっと残酷でエキサイティングなピッチがアナタを待っているわ」
ponziは、その通知書を受け取った。
かつてデイトレードに溺れた時の虚無感はない。今の彼には、共に戦った仲間たちの絆と、ユリエという最強の理解者、そして最大のライバルと分かち合った熱狂の記憶がある。
数ヶ月後。
日本橋のカブト町。仕立ての良いスーツに身を包み、杖を突きながらも颯爽と歩く金融マンの姿があった。
複数のモニターに映る数字の激流を前に、彼はかつてのピッチを俯瞰するように冷静に指示を飛ばす。
「サッカーも相場も、本質は変わらない。勝負は、相手の予測を超えたところにしかないんだ」
かつての恋人・ユリエは、彼を支えるために医師免許取得に向けて邁進している。
ポルトガルからは、ロマーリオとクドウ、そして生まれたばかりの赤ん坊が笑う写真が届いた。
ponziの心に、もう不協和音は響いていない。
彼が守り抜き、戦い抜いた「デュエル」の記憶は、新たな人生という名のピッチを照らす、消えることのない太陽のような光となって輝いていた。
(完)
デュエル ponzi @ponzi
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