8-5 失踪と捜索

 蒼汰の妻である由紀から、智章に突然の連絡が入った。

 話を聞くと、いつもであれば帰宅している時間になっても蒼汰が戻らず、連絡を入れても返事もこない状況のようだ。

 会社が終わる頃に一度、『ごめん、少し遅くなる』という簡素なメッセージが届いたらしいが、そんな文面も逆に由紀の不安を増長させるだけだった。


 紺野由紀『心配のし過ぎだとは分かっているんです。だけど、急な残業や飲み会が入る時も、普段はもっとちゃんとした連絡をくれるから』

 智章『由紀さんの心配も無理はないです。けどすいません、実は俺も蒼汰とは連絡が取れない状態で……』

 紺野由紀『そうだったんですね。朝も2人で一緒にいたみたいだし、もしかしたらと思って連絡してしまいました』


 その言葉の通り、由紀の不安は文面からひしひしと伝わってきた。ただでさえ精神的に不安定になってもおかしくない時期なのに、夫である蒼汰がおかしな動きをしているのだ。

 智章はすぐに蒼汰に電話をかけたが、当然それに対する応答はない。


(なにやってんだよ、蒼汰は……!)


 紺野由紀『私、あの人のことが時々分からなくなるんです。きっと今回も、私の知らないあの人の問題なのかなって……』

 智章『大丈夫です。蒼汰のことは、絶対に見つけ出します。だから、安心して待っていてください』


 今やるべきことは、少しでも由紀の不安を取り除くこと。そして、1秒でも早く蒼汰を見つけ出すことだ。

 1人で探すのは無謀だ。智章は迷うことなく梨英と彩人に連絡を取った。2人への連絡はすぐにつながって、それぞれ事情を説明すると、蒼汰の捜索に力を貸してくれることになった。

 当然、蒼汰の居場所など分からない。出会える確率は非常に低いと分かりつつも、3人それぞれ蒼汰のいそうな場所を探して走ることになった。


(蒼汰がいそうな場所なんて、まあ分かるわけないよな……)


 いくら卒業後も定期的に会っているとはいえ、蒼汰には蒼汰の今の生活がある。金曜日の今日、もしも会社の飲み会にでも参加しているのだとしたら、見つけ出すのは間違いなく不可能だ。


『どう、蒼汰いた?』


 やがて、蒼汰の会社がある六本木の街を走っていると、梨英から着信があった。


「ダメ。金曜だから道も人が多すぎるし」

『ホントそれ。どいつもこいつも、浮かれてないで早く家帰れって感じ』


 つい梨英のように過激なことを言いたくなる気持ちも分かる。それくらいに、金曜の夜は人を探すのに向いていない。

 もちろん、それを差し引いても十分に不可能に近いことをしている自覚はあるが。


「仕方ないよ。蒼汰はきっと飲み会なんて行ってないし、逆に酔っ払いは気にしなくていいから」


 絶対に蒼汰は、出産が近い妻を放って飲み会に行くような人間ではない。どうしてもその必要がある時は、必ずきちんとした連絡を入れるはずだ。


『そもそも、あたしたちが探してる場所は合ってるのかよ……』


 今、梨英は詩月の家の周りを、彩人は蒼汰の家の周り探していた。他にヒントがない以上、少しでも蒼汰に縁のある場所を探すしか手はなかった。


「それは、信じるしかないよ……」


 現実を見てしまえば、間違いなく足が動かなくなる。だからこそ、今は愚直に可能性を信じて走るしかなかった。


(他に蒼汰と縁のある場所といったら……)


「俺は次、大学の近くに行ってみる」

『分かった。あたしもしばらく探したら、いったんそっち行こうかな』

「そうだね。大学の周りは探す場所も多いし」


 そこで一度梨英との電話は切って、智章は電車に乗り込んだ。

 向かうのは、通っていた大学のある飯田橋駅。最近は、東京開発不動産へ挨拶のために訪れた場所でもある。

 今朝の蒼汰の告白が本当なら、今回の蒼汰の行き先としては十分に考えられる。あるいは、最初に探さなかったのは、そこで蒼汰を見つけたくなかったからかもしれない。


(蒼汰は、今なにを考えてるんだろう)


 きっと、蒼汰の詩月への想いは消えていない。

 あるいは、あのゲームの世界の一件で、再びよみがえってきたこともあるかもしれない。そんな状態では、家に帰れないと判断をした可能性は十分にあった。


 やがて電車を降りて、大学が近づいてくるにつれて、なんとなく、ここに蒼汰がいるという確信が強くなってくる。

 飯田橋の駅は西口側の出口を出ると、左手側にオフィス街があって、直進すると4年間通った大学がある。

 東京開発不動産の本社はそのオフィス街にあって、大学とは違う方面だった。だから、大学の通学経路を歩くのは本当に5年ぶりということになる。


 ああ、と思った。

 春の夜の空気を全身で感じる。その特有の空気と景色が引き金となって、懐かしい記憶が頭によみがえる。

 大学の前には道路に沿うように伸びる公園があって、そこで5人で花見酒をしたことがある。

 あれは4年生に進級してすぐのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る