7-5 クライマックスのプロット
目の前のパソコンの画面を睨んだまま、10分が経過した。ぴったり10分が分かったのは、スクリーンが自動的に省電力モードに切り替わったからだ。
智章は慌ててマウスを動かして、スクリーンを復帰させる。
「ダメだ、なんにも思い浮かばない……」
夜、帰宅した智章は食事をつまみながら、パソコンの画面と睨めっこを続けていた。その理由は当然、アインスが合流した後のプロットを作るためだ。
「いきなりクライマックスに入るには、さすがに唐突すぎるし……。ていうか、最後の街とか何にも考えてないし……」
思考が詰まると独り言が増えるのは昔からのクセだ。困ったことに、いよいよここから先はなにも用意されていなかった。
「だいたい、マップもできてないのにどうするんだよ……」
ゲゼルシャフトのお膝元まで行って、本部に乗り込み、最後にはラスボスを倒す。頭の中にあったのは、そんな王道のクライマックスだ。
ただ、そのラスボスのデザインも決まっていなければ、ゲゼルシャフトの本部がある街のマップも用意されていない。
こんな状態で、いったいどうやってゲームのクライマックスを用意すればいいのだろう。
困ったことに、いよいよ八方塞がりだ。
「今から彩人と蒼汰に頼む……、のは無理だよなぁ」
と、そんなことをつぶやいた時、ふとスマートフォンがバイブした。見ると、ちょうど名前を上げた1人からの着信だった。蒼汰だ。
智章はその電話を取った。
「くる頃だと思ってた」
『くる頃だと思ってると思ってた』
蒼汰との会話は、そんな冗談めかしたやり取りから始まった。本題に入ってしまえば、冗談も言えなくなると分かっていたからかもしれない。
『小田倉さんには会えたみたいだな』
「おかげさまで。聞きたいことは全部聞けたよ」
『そっか、良かったよ。オレも名刺をもらったのは3年以上も前だったから』
智章は昨日から気になっていたことを口にする。
「けど、蒼汰はどこで小田倉さんと知り合ったの?」
たとえ蒼汰と詩月の仲が良かったとしても、仕事上のつながりの人間と知り合うことはあるのだろうか。
蒼汰が答える。
『病院だよ。オレはずっと、詩月の身体が深刻だって知ってたからな。卒業した後も定期的に様子は見に行ってたんだけど、小田倉さんと会ったのは、詩月がいよいよっていう頃だったな』
詩月がもうこの世にいない。まるで現実感がないまま、その事実を受け入れている自分がいることに、智章は気づいていた。
会わない間に友人が死んでしまっているというのは、悲しみのやり場が分からない、不思議な気分だ。
「なんで、もっと早く教えてくれなかったの……?」
理由なら、本当は分かっている。けれど、どうしても訊かずにはいられなかった。
『小田倉さんに会ったなら聞いただろ? 智章には、純粋に創作を続けて欲しかったんだよ』
思わず奥歯を噛み締めた。
分かっている。分かってはいるんだ。ただ、頭では分かっていても、信頼されていなかったように思えて、どうしても悔しくなる。
『なあ、智章』
返す言葉に迷っていると、蒼汰が不意に名前を呼んだ。これまで以上に真剣なその声に、思わずハッとした。
『最近急にゲームを作り始めたけどさ、理由を当ててもいい?』
心臓がドクドクと高鳴った。何かが大きく動いていく予感があって、もはやそれは確信に近かった。
(蒼汰はきっと、あの世界のことを――)
『お前は今、ゲームの世界と現実を行き来してる。だから、ゲームを作りたいと思うようになった。違うか?』
驚きはなかった。
いったい、蒼汰はどこまで知っているんだろう。まるで、蒼汰にはすべてを見抜かれているように錯覚してしまう。
「どうして、知ってるの……?」
智章が訊くと、返ってきたのは乾いた笑いだった。
『マジかよ……』
「え?」
『いや、ちょっとカマをかけてみたつもりだったんだけど。やっぱりそうなんだな』
電話越しの蒼汰が、急に恐ろしくなった。
「引っかけたの?」
『いや、悪い。普通に聞いても、きっとはぐらかされると思ったからさ』
勝てない、と思った。昔からそうだ。蒼汰は何でもできて、見た目も良くて、詩月ともお似合いだった。
ただ、そうなると次の疑問が浮かんでくる。
「蒼汰は、いったいどこまで知ってるの?」
『なんか誤解されてるけど、オレはなにも知らないよ。もしかしてだけど、その世界に詩月はいたりすんの?』
そうか、それは知らないのか。
智章はしばらく悩んでから、すべて隠さずに話すことにした。
「いるよ。詩月はあの世界で、みんなとゲームを完成させることを願ってる」
しばらくの間、蒼汰からはなんの反応もなかった。この空白の時間でいったい何を考えているのか、電話越しには読み取れない。
やがて、ポツリと冷めた声が聞こえた。
『なるほどな』
そして、蒼汰はこう続けた。
『全部、詩月の呪いってことか』
呪い? 詩月の?
智章が思わず言葉を失っていると、蒼汰は『ありがとな』とだけ言って、すぐに電話を切ってしまった。蒼汰の考えが、ますます何も分からなくなった。
蒼汰はきっと、まだなにかを隠している。だが、それが何かまでは分からない。
(結局、まだまだ分からないことだらけだな)
蒼汰と話をすれば、何か見えてくるものがあるかと思った。実際は、疑問が増えるばかりだった。
蒼汰のことも、あの世界のことも、解決すべきことは山ほどある。
「あっ……」
本当に、それは閃きと言う以外になかった。
昨日の夜の続きとなる物語をずっと考えていた。作られていないマップ、存在しないラスボス、物語の完結。そんな課題をすべて解決するためのアイディアが不意に降りてきた。
良いアイディアというものは、往々にして予期せぬ時に浮かぶものだ。
(いける。このアイディアなら――)
智章は再びパソコンと向き合った。
そして、忘れてしまわないうちに、最速でキーボードを叩き続けた。作るのは“牧場”を抜けた後の物語。クライマックスへと向かうストーリーを智章は無心で書き続けた。
キーボードを叩いて、叩いて、そして叩く。
やがて、ついにそれを書き終えた頃、日付も変わって、すっかり深夜と呼べる時間になっていた。
そんな時間だというのに、気持ちが高ぶってしまって、なかなか眠りにつくことができなかった。
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