第12話 闇にはヤミで対抗する?

「ゾンビ、これで最後かな」


 長い長い闘いを終えて、まだヒットポイントが豊富に残っているのは、チームの花形にして前衛「ヤルミン」だけだった。パーティマスターにしてヒール役の「メイド伍長」が回復魔法をかけてくれている。確かにアバターの元気は戻ってきているようだけれど、「中の人」は皆ヘトヘトらしい。

「もう午前2時か。そろそろお開きにしない?」

 このタイミングを、私は待っていたのだ。

「落ちる前に、ちょっと、相談に乗って欲しいことが、あるんだ」


 ナイトクエスト。

 呪いによって、夜と闇しかなくなった中世ヨーロッパ世界を舞台にした、ネトゲ。

 参加するプレイヤーもこの世界観を楽しみ、怪しげな振舞い、淫靡な会話、そして闇討ちあり裏切りありのドス黒いクエストを楽しむ。本来18禁のゲームではあるけど、我がバーティにはなぜか高校生プレイヤーが参加していたりする。

 ま、この辺も闇が深い……かな。

「ふん。でも、一番怪しげで淫靡なのは庭野先生、あなたですよね」

「ここではスワンと呼んでください。メイド伍長」

 そう、現実の私はそろそろ中年にさしかかるというオッサンではあるけれど、ネトゲの中では赤いドレスが似合う妖艶な娼婦・スワンとなる。このネトゲに、ネカマは少なからずいると思うのだけれど、現実とあまりにも乖離しているアバターの姿に、サギだとかヘンタイだとか、パーティメンバーがさんざんイジってくる。

 私を含めたメンバー6人中4人が高校生。残りの一人、盗賊の「ケイスケ」が我が塾の渡辺講師だ。

 リアルでも知人同士……少なくとも皆、私の顔を知っている(私のほうでは、皆の顔を知っているわけじゃない)ので、ネトゲの掟とは反してしまうけれど、時にはリアルの相談を持ち込む時があるのだ。

 丸森さんは塾で目立つだけでなく、高校でもそれなりに有名人なようだ。

 普段は硬派で、ネカマの私に批判的なアノマロ君が、神妙に言った。

「オレ。実は、姫の親衛隊の一員なんだ」

「えっえー」

「スワンが白石ちゃんのためにアレコレ動いてるのは、親衛隊メンバーなら皆知っている。留守君……セバスチャンがスワンに喧嘩を売りに行ったこともね。取巻き男子たちは皆、忠誠心厚くて一枚岩だとか何とか、言ってたんだろ。ハッタリだよ。実際は違うんだ」

「ほう」

 ひょんなことから、新情報ゲットだぜ。

「もしかして、姫が原田消防士と仲良さげになっているのを見て、やっぱり嫉妬してるとか? それとも、白石さんまじえての三角関係のドロドロを嫌がってるとか?」

「うーん。そういうのじゃ、なくて。冷めてきてるって、ことかな」

 まずはヨコヤリ君の存在だ。

「なんだかんだ言って、アイツ、可愛いだろ。しゃべると声でやっぱ男だなってバレちまうけど、外見だけなら、そこいらの女子より、よっぽど可愛いじゃん。取巻きのうち、ディープなオタク連中が、そっちに流れていってる。同じカワイイなら、ついてる『女子』のほうが、なお希少価値があるから、とかなんとか」

『ミホ姫を崇拝する男子の集い』から抜けて、新会派を立ち上げないのは、彼氏の……いや彼女・富谷アキラさんの存在が大きいらしい。

「勝手にヨコヤリ姫崇拝サークル作ったら、即潰されそうでさ。ただの男オンナじゃないだろ、アイツ。なんでかディープなオタクのあしらい方もうまくてさ」

 それは、多少なりとも「女性の色気」が欲しかった富谷さんが、修業したときの産物だ。高校生オタクとは比較にならないディープな人たち……ある意味、成れの果てとも言うべき「童貞拗らせ君たち」……を富谷さんは必死にあしらい、蹴散らしてきた。結果、彼女は姑さんが求める色気を身につけた(?)のだ。

 私は言った。

「ヨコヤリ君の件は、セバスチャン君から再三聞いてるよ」

「ふーん。とにかく。姫以外の崇拝対象を見つけたってなら、さっさとやめちまえばいいのに、グズグズしている連中がいて、熱心な会員の気持ちをそいでいる」

「なるほど」

「これが一番目。で、冷めてる奴、二番目。姫が太ってきて、何かが違うって感じてきてる奴ら」

 今でこそ姫は姫としてサークルに君臨しているけれど、実はそんな、絶世の美女というわけじゃない。化粧を落として、フリフリのドレスを着るのをやめたら、どこにでもいる、ごく普通の目立たない女の子だ。

「……ウチは私服高校で、コスプレまがいのお嬢様服を着てきてもヘンに思われないから、顔の造作のぶんをカバーできてるところも、ある。制服があるトコみたいに、女子高生が全員横並びの服なら、姫は、中の中どころか、中の下ってとこかもしんない」

「知ってた」

「しっ。メイド伍長、黙って話を聞きましょう」

「そこ。いい?」

「いいよ、アノマロ君」

 オタサーの姫をバカにする一般人がよく言うように、「男だらけのサークルの中の紅一点だから、希少価値がある」から、姫は……姫たちはチヤホヤされるのだ。

「ま。非オタに改めて指摘されなくとも、皆知ってるっつーの。そこは、姫がいるオタサーのお約束なのに」

「サークルの外の現実と、中の現実では違うってこと言いたいのかな、アノマロ君」

「そうだよ、スワン。うまいこと、言うじゃん」

「親衛隊員が随分辛辣というか自虐的じゃないか」

「最近、外野の声がうるさいんだよ。てか、普通、この手のオタサーの中に、どんなに外野の声が入ってきても聞き流す……聞きたくないことは聞かないっていう鉄壁の防御があるもんだけれど、最近それが崩れてきてるってことさ。姫が、無視できないレベルで太ってきたから、我々も外野の声が無視できなくなってきた」

 メイド伍長が、また余計な茶々を入れる。

「中の下が、下の中くらいに、なっちゃった?」

「こら。メイド伍長」

「いいよ。ある意味正論だから。姫をバカにするだけじゃなく、サークルごとバカにする声が聞こえてくるんだ。で、前なら反論できたのに、今みたいに……前頭二枚目の相撲取りくらいになった姫を見てると、もう擁護できない」

「そうか」

 私は、私の作戦が成功しつつある手ごたえを感じて、歓喜した。

 もちろん、アノマロ君に気取られてはならない極秘事項だ。

 空気を読んだヤスミン……リアルでは理系ガールズの一人にしてヘルシングアプローチ協力者の一人、古川さん……が、大剣をぶんぶん振り回しながら、言う。

「アノマロ君。私、興味あることはあるけど、早く寝たくもあるんだ」

「分かってるよ。寝不足はお肌の大敵だもんな」

「そんなんじゃないけど」

「じゃ。冷めてきてる奴、三番目、最後。姫、自身」

「え。丸森さんが?」

「ノリが悪くなったし、最近、服や化粧にもスキができてるなーって。セバスチャン曰く、姫だって疲れるときくらいあるし、調子や体調悪いときもある。でもさ、そーいうのとは違う感じなんだよなー」

「まさか、丸森さん、原田消防士に本気になってきてるとか?」

「そういうのとも、ちょっと違う。親衛隊連中は、皆、言いたい放題言ってるよ。正直どれが当たってるのかは分からない。オレ自身の推理だと、姫は普通に彼氏を作って、普通に恋愛したいだけ、みたいに思える」

 セバスチャン君の打ち明け話を思い出し、私は少しドキリとした。

 なかなか鋭い指摘じゃないか、アノマロ君。幸いアバターに挙動不審な私の動きは反映サレナイ。ケイスケが、「僕、話が終わらなくとも落ちますよ。もう眠くて」と宣言し、皆が反応する間もなく、「おやすみなさい」とフェードアウトした。私はアノマロ君をもっと問い詰めたい気分だったけれど、ケイスケに続きヤルミンも落ちてしまい、もうそんな雰囲気ではなくなってしまった。最後に一つだけ、と私はアノマロ君に尋ねた。

「姫でなくなってしまった姫は、その後、どーなるんだろうね」

「やめ方、にもよるんじゃないかな。彼氏がいるのにずーっと隠してました……なんてな場合、裏切られたって感じるヤツが絶対出てくる。けど、今回みたいに、姫がブクブクと太って自滅って場合は……親衛隊員も、姫なんていなかったことにして、次にいくヤツのほうが多いかも。それこそ、別の姫やアイドルに走ったり、これを期に足を洗って受験勉強に本腰入れるとかね」

 そう、崇拝者を「振った」形での終わり方だと、ストーカーだの勘違い男だのを、引き寄せかねないけど、逆に崇拝者に「振られた」形なら、円満に姫をやめられる、ということだ。

 そして……。

「シンデレラの場合、馬がネズミに戻り、馬車がカボチャに戻ったとしても、ガラスの靴を頼りに、探しにきてくれる王子様がいるけれど、オタサーの姫の場合、そんな奇特な人はいない。幻想がなくなった姫は、どこの誰から見ても……元・取巻きのオタクたちから見ても、平均以下の魅力しかない女の子であって、しかも女子としての幸せを掴むのには、前歴が邪魔するかもしれないって、ことだね」

 パーティメンバーが全員、ネトゲから落ち、アノマロ君と私、2人だけになっても、彼はブツブツと語り続けた。学習塾塾長である私は、午後から出勤だから構わないけれど、アノマロ君は、案の定、学校に遅刻していったということだ。

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