【番外編】森の外で


 竜の谷から程近い街。

 そこを治める領主として、アウローラの様子がおかしいので警戒を。と報告を受けたのは昨日の事だった。

 竜は基本的に人間の立ち入らない谷の奥で暮らしている。

 人の目で確認出来る場所で暮らし、そして子を産み育てたのはアウローラとラスティが記録上でも初めてなのだ。

 なので誰も不調の原因を知り得ない。

 ラスティも暴走する前はしばらく姿を見せなくなっていたので様子は分からず、確定は出来ない。だが恐らく、彼女の寿命は近いのだろうと思えた。


 数百年だとか千年以上だとか──竜の寿命は人の身からすると気が遠くなる程に長い。

 伴侶として生きた個体との寿命差が数十年なら誤差の範囲だ。あり得ない事はない。


「シャルトリューズ様、街の皆に伝達しました。もしもの時に備えています」

「あぁ。ご苦労」

 我が家の中ですっかり年長になってきた息子達が遣いから戻る。

 簡潔な報告を受けて労いを返した時、森を越えた先──兵舎が在る竜の谷から警告の笛の音が響いた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アウローラは無事に討伐された。

 その報せを受け、身を潜めていた麦畑から顔を出した街中の面々が歓声を上げる。

 前回は建物の倒壊による被害が多かったので避難していたのだ。


(アウローラ…)

 この街で生まれ、物心ついた頃から慣れ親しんで来た美しい姿を思い出す。

(俺が言えた義理じゃないが、どうかラスティと共に安らかに眠れ)

 夏の空を映したような群青色の鱗を持つアウローラ。夕焼けを映したかのように鮮やかな茜色の鱗を持つラスティと並ぶ美しい姿を見るのが好きだった。

 君が誰も犠牲にせず逝けた事に心から安堵する。

 ラスティのように、王国の誇りが覆い隠した少なくはない悔恨を遺す事なく。


「討伐は、ギムレット卿が?」

「あ、いえ。それが…」

 報告に来てくれた兵士が問い掛けに対し随分と歯切れ悪く答える。

「騎士団の人間ではないのです。その、たまたま森の中に居たらしい子供…でして」

「子供?」

「はい。10代半ばにも満たないくらいの、少女です」


 向かい合った暴走する竜の恐ろしさを、よく知っているつもりだ。

 だからこそゾッとした。

(竜血様ってヤツはやっぱり、生まれ持っての勇者にこそ相応しい──)

 40年越しの後ろめたさが背筋を這い上がる。

(隣に並びたくないもんだ)


 竜の谷の兵舎へ向かう為に慰労の準備を進める面々を眺め、これから会わなければならない英雄の姿を想い描く。


 少しばかり重くなった気持ちを誤魔化すように、誰にも気取られないようにコッソリと溜息を吐いた。


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竜血のマリー @akari_itsuki

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