Limited

 俺は,『04 Limited Sazabys』というバンドをよく聞く。弟が好きなもので,よく聞かせられるからだ。あまり好きではないが,「My HERO」という曲だけは好きだった。

『本物になりたくて』という歌詞が特に刺さる。いつだって,俺は本物のヒーローになりたかった。

 でも,いつだって結果を出すのは弟の和音で,両親の愛情をもらうのも和音だった。俺と和音は正反対だ。俺は陽キャで,和音は陰キャ。俺はスポーツが得意で,和音は頭がいい。俺は意地悪で,和音は優しい。小さい頃,和音は俺のヒーローで,今は違くなってしまった。そしてあの時から,俺は正義のいない悪役になった。


「しょうもない」

 車の中でお母さんが,こちらを見ずに言ってきた。県の陸上大会に陸上部代表として出場したのだが,順位は最下位から数えた方が速い,という散々な結果だった。

「出られない人の気持ちも考えた?」

 出られなかった,タケの顔を思い浮かべる。顔がこわばった。目が熱い。泣きそうになっているのを,堪えているのだ。でも,俺だって努力して,ようやくこの代表を勝ち取った。俺は,褒めて欲しかったんだ。お母さんに。そして,また尊敬して欲しかった。弟,和音に。

 隣には和音が座っている。この空気で何ができるわけでもなく,ただそわそわと居心地が悪そうにそこにいた。

「これで最後とか,本当にしょうもないね」

 しばらく車内に静寂が蔓延る。お母さんが口を開いたかと思えば,

「そういえば和音,小五で四位とかすごいじゃん」

 弟も小学校の陸上大会に出たらしいのだが,六年生も出場するその大会で,四位を取ったらしい。だが,弟は少し体をビクッとさせて「う,うん」と言っただけだった。

 もっと嬉しがれよ。俺を超えないでよ。かつて天才だった俺は,今は無能な悪役だ。


 俺はあれ以来,誰かのヒーローに,本物のヒーローになりたかった。

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