16話
食堂に居たすべての人間が、見た。
見させられた。
そのひとに。
そのひとを。
そのひとは喪服のような黒いスーツを着ていた。
その下のシャツも真黒で、血のように紅いネクタイが浮き彫りなんだか鮮紅。
そのひとは周囲の反応なぞお構いなしに歩を進める。
キューティクル浮かんだ滑らかな茶色の髪がさらさらしてる。
耳飾りの宝飾がゆらゆら揺れる。
艶やかな褐色の肌はきめ細やかに美しく、人間の領域を超えていた。
黄金よりも金色に輝く瞳が、たったひとりを見つめている。
誰しもが目で追いかけた。
そしてすぐさま理解した。
かのひとの正体を理解、させられた。
誰しもが震える事すら出来ず心中恐慌、でも硬直。
恐ろしいと分かっているのに目で追い掛け、失禁する者も居た。
過剰なまでに人外を恐れる教えの子やもしれぬ。
そのひとが手にするは異形の杖。
神々しく輝く、恐らくは金属であろう金色の杖。
杖の先端部、浮いて輝くは小さな太陽、そこから生じたフレアの儚いモニュメント、宙に現れすぐ消えた。
それが時折誰かに触れて、誰かは慌てて避けて椅子から転げ落ちる。
そのひとはそれらを気にも留めずに緩やかに、左手で杖の中ほどを掴んだまま、黒い靴で床を鳴らしながら、食堂を真っすぐ見つめる先へと進んでく。
無表情でありながらも注ぐ眼差しは優しい。
黒に浮かんだあの双眸がさらに柔くなって今見てる。
翔颯はスプーンをカレーの上に落とし、そのひとがやって来るのを待った。
だって勘違いだったら恥ずかしい。
自分じゃなかったら、多分泣く。
カツコツコツ。
足音綺麗に響かせて、そのひとは椅子に座る
しかして手放されたというのに杖は倒れず、翳された褐色の手の内に小さな太陽が浮かぶ。
さながら本当の恒星が如く、太陽を掌中収めるはそのひと。
杖、浮いてる。
翔颯は昨日確かに触った杖がそのひとの手元にある事に感動していた。
そして新しい人外っぽい力を前に、なんでなんで浮いてんの?と聞きたくてたまらなくなって。
杖が少し上昇、素早く下降。
高音が鳴り響く。
先ほどと同じような金属音だ。
杖で床を突いて生じさせたようだが、それだけでこんな高音金属音。
翔颯には耳障り良く聞こえた。
綺麗な高音ロングトーン。
けれど他の人間には耳障りに聞こえたのか耳を押さえ蹲り、吐く者も居た。
全部かのひとの後ろの背景。
蛍光灯の灯りの下だけれども、小さな太陽を持った神様のようだと翔颯は思った。
相手が美しい相貌の男性で、杖化け物、だとしても。
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