26話
杖化け物の黒のスーツには、翔颯が遠慮なく握りしめた跡がそこそこ残っていた。
けれど杖化け物はその寄った皺すら愛おしい、とばかり咎めず微笑み全部許して翔颯の頭を撫でる。
「にーさん?」
そんな許し気付く訳もなく、翔颯は立ち上がった杖化け物を不安気に見上げた。
「行政に其の引き取り申請を提出し、放課後迎えに来る」
また消えてしまう、と心配した翔颯。
けれど引き取り申請と聞いてたちまち表情を目を輝かせるから、杖化け物の目尻がみるみる下がる。
そんな表情のまま杖化け物が翔颯の耳元にそっと顔を寄せ囁いた。
「良い子で待っておるのだぞ?」
「わっ!」
翔颯は鼓膜を嬲る美声から逃げるように身を逸らした。
ついでに唇の感触を感じた耳を手で覆って杖化け物を睨みつける。
顔が熱い。
急に何を。
心臓によくないから、胸を抑えてしまう。
まだ、耳に名残が残ってて心拍数が凄い事になっている。
「い、今の、わざとだっ」
「そうだが?」
「くううっ、このー」
年上の余裕の笑みに、翔颯は返す言葉がなかった。
なんだいなんだい、さっきまで自分を諦めようとしてたくせになんだい。
それを交えて言葉にする力、翔颯にはないもんで、その代りぽかぽか杖化け物の腹を軽く叩く。
抗議の軽やかな暴力だ。
暴力で訴える以外どうしたらいいのか、翔颯ままだ知らない。
実際、杖化け物へ、赤子でも小動物でも何でも、攻撃とみなされたら終わる。
翔颯の目の前にいる杖化け物だって例外じゃない。
何をどうしてきたかなんて、翔颯には一生言わないが杖化け物。
凄絶なる美の真実は、杖化け物のみ知る所。
なのに元気な黒髪一杯生えた頭を優しく撫でるだけ。
乱さないよに気を付けて、手櫛で整えながら翔颯を愛撫する。
優しく可愛い、愛おしいと気持ちを込めて撫で続ける。
翔颯は最初こそ誤魔化されねぇぞと思ったが、みるみる優しい手付きに大人しくなってしまってもっと撫でてって頭を差し出す。
そうしてぽすっと、胸の中、収まってでへへ。
翔颯は杖化け物の肩口に顔をグリグリ押し付けた。
「さて…早う食わねば昼餉の刻が終わってしまうぞ」
まだもっと、くっついて居たかった。
でも食べ残しは嫌いだ。
だから身を、離す。
「うん…」
温かい手消え失せて、翔颯は杖化け物を見上げてしまう。
「ではな」
けれど杖化け物はそう言って、来た時と同じような足取りで去って行く。
手には杖。
現れた時と違ってあっと言う間に姿が消える。
さみしいからだ。
翔颯は冷めたカレーをかっこんだ。
もうあんまり美味しくなかったけど、残すのだけはヤだったから揚げパンまであっという間に平らげた翔颯は、息をひとつ吐き出し、教室に戻った。
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