第31話 エレの心配
セシリアがここルーフ・カールにやって来て10日が過ぎた。
今までの数年間、忘れてしまっていた生活をひとつひとつ思い出しながら、彼女はここで、そんな慣れない毎日を楽しんでいた。
その毎日が音や芸術によって色を変えて、その時々見える印象が違ってくる。
大都市イルモニカ
この各々街に世界中からやって来る観光客が毎日見かけられる為、いつものようにその賑わいを感じる事が出来た。
そんなイルモニカの中心地にあるアルアシュトラは、
イルモニカに訪れる人々が必ずといっていいほど一度は立ち寄ってみたいと思える場所でもある。
そんな憧れの街アルアシュトラの駅の真向かいに、
この世界では、有名な大きな療養施設が建っている。
そこは、セバスティアンとフィリップの母エレが魔力炉の事故以来、治療の為に通い続けている場所でもあった。
(父のジウも何度か訪れていた)
その治療に励む為にエレは、セバスティアンとフィリップと離れ、ここアルアシュトラに住む友人の家に住んで生活をしている。
そんな母エレに、セバスティアンとフィリップは、セシリアを紹介しようと、
その3人が住んでいるアルアシュトラから30キロほど離れた町ルーフ・カールからこのアルアシュトラにある療養所やって来ていた。
セバスティアンは、既に療養所に訪れている母エレに先に1人で会い、どうしても会わせたい人がいる事を話した。
その時、セバスティアンは、セシリアの過去について話そうか迷っていたが、
その母エレは、セバスティアンの心配そうな顔を見るなり..
「何も言わなくても構いません。
例え、その彼女の過去に何かあろうとも私にとって大事なのは、その彼女の存在なのだから...
さあセビィ?
会わせてちょうだい..そのセシリアに...」
その時のエレの顔は、何も言わなくても分かっています。
と、言いたげな表情でもあった。
その母エレは、あの魔力炉爆発事故以来、
不思議な力が宿ったという。
その力とは、微かに未来が見えると言うのだ。
その微かな予知能力がエレの中に、本来なら浴びる事のない、ふんだんの魔力を浴びて以来、生まれたというのだ。
勿論、周りにはそんなエレの言葉を信じる者などいなかったがセバスティアンとフィリップは、
あの底知れないとされる魔力を浴びたのだから何かしらの力に目覚めても可笑しくは無いと考えていた。
そんなエレが、病室にやって来て
「...何も言わなくていいのよ..セシリア...少しだけこうさせてちょうだい?」
「..ちょっ...お..おばさん? どうしたんだよ..いきなり?
なっ..何か照れくさいよ..こういうの..初対面なのにさ?」
「セシリア...」
「エレ..おばさん?」
「...」
「はははは..どうやら母さんも、セシリアの事を気に入ったみたいだね?」
「...うん!」
しばらく黙ってセシリアを抱きしめる母エレの姿を見てフィリップとセバスティアンも笑った。
エレは、セシリアを抱きしめたあと...
これから貴女は、私たちの大事な存在なのだから家族の様に接して欲しいと...それに、
元々、貴女の父アルテッドは、
私の夫ジウの良き友人であり師匠でもあったのだから
私たちとアルテッドの子である貴女は、
やっと出逢うべくして出逢えた存在なのだと伝えると
セシリアは目に涙を溜めて、ゆっくりと返事をした。
セシリアにとってもエレの存在は、今は亡き母モルエ・ルージュと重なるものがあったからだ。
それを見たセバスティアンも、そんなセシリアを母エレに会わせて本当に良かったと思えた。
が、それと同時にセバスティアンに気になる事が1つ出来てしまった。
それは、セシリアとフィリップが席を外した時の事だった。
母のエレが、急にこんな事を言ったのだ。
「..彼女から...あのセシリアから、どうも不吉なものを感じるの」
これを聞いたセバスティアンは、一瞬動揺した。
もしかしたら母エレは、彼女の過去についてその予知能力のようなもので何かを知ったのではないか?
と思ったからだ。
しかし、次のエレの言葉でその思いが単なる取り越し苦労である事が分かる。
「セビィや? あのセシリアを..どうかその不吉なものから守っておやり?」
この言葉を聞いたセバスティアンは、さっきの不安が拭い去られると、母エレを見つめて、
「うん! 母さん...分かっているよ?
だから今日ここに連れて来たのだから..」
この言葉を聞いたエレは、笑みを浮かべ静かに頷いた。
しかし、セバスティアンは、その不吉なものが、いったい何なのか、気になってはいたのだが...
その事は敢えて口にはしなかった。
それを聞いたところで、今のセバスティアンに、
セシリアの気持ちから今すぐにでも
過去の苦しみ等を取り除いて上げる事は出来ないと思ったからだ...
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