第36話 反抗期

朱塗りで2メートルほどの高さがある鳥居がほこらの四方を囲みそれぞれ注連縄しめなわが架かっている。その鳥居のそれぞれには方位を示す札と小さな賽銭箱が置かれ参拝者は四方から拝むことが出来る仕組みになっていた。

白い御影石の敷石の上に90センチメートルほどある石垣の上には白い石造りの祠が置かれ、四方にある鳥居に開いている。屋根は方形でかき合い、屋根の頂点には羽根を広げた鳳凰の像が南の鳥居に向いて置かれていた。

翔達は奥宮全体が清掃されている事に驚いた。自分達が出したごみは持ち返るのが基本的なマナーだが、中には品の無い登山者もいる。対策として屋根のあるゴミ箱は置いてあるが、今は空になっていて真新しいビニール袋が掛けられている。祀られている榊も新しかった。自分達が苦労して登って来た山を毎日上り下りしている神職がいるという事が分かる。

この祠を中心に半径10メートルくらいの円形の広場に三人掛けのベンチが六つあった。

そのベンチには四人組のパーティーと二人組の女性登山客がが間隔を空けてそれぞれ腰かけている。

翔達は挨拶して空いている席に座り、リュックを下ろした。

二人がベンチに座ると、四人組は展望台でも会った人達だと分かる。

翔達を見てリーダーらしき中年の男性が「頑張って来たね。初登山と言っていたけどそれにしては早いピッチだ。」と褒めてくれた。

二人の女性は同じバスで通路を挟んで隣だったショッキングピンクのキャップの女性達だった事に気付き驚いていると二人の女性は笑顔を見せて「私達の方が早かったでしょ~何事も無く登って来れて良かったね。」と言って四人組と一緒に笑い出した。

二人共照れ笑いをして聡史が座っている席の隣に翔は移る。

「っだぁ~なんとか登って来たな。さすがに暫くは動きたくね~な。」

聡史が三人掛けのベンチを一人で使い横になってこぼした。

様子を見ながら翔は座り、リュックを開け残りの弁当を出す。

包みを二つベンチの端に置き足を投げ出して脹脛ふくらはぎをもみ始めた。

自分達が登って来た方角。東から風がそよぎ汗ばんだ体を冷やす。

「明日は筋肉痛で歩けないかもな。」

翔が言うのを聡史は体を起こして「だな。」と同意して、弁当の包みを指差し「どっち?」と言った。

翔が聡史の分を手渡し、二人で包みを開けて手を合わせてから食べ始める。

内容は鳥居前町で食べたものと同じだが、気のせいか塩分濃度が高く、疲れた体にはぴったりな味付けだった。

「雫さんが順番言ってたけど、味付け変えてくれてたんだな。」

聡史は相変わらず「旨い旨い」と言っていたが、翔が感じていた事を言ってくれたので、改めて雫に感謝する気持ちを持った・・・のだが。

「俺もねーちゃんに感心するところだったけど、ねーちゃんのバックにいる寛美さんの力に違いない。」

「お前まだ反抗期か?素直に感謝しろよ。っていうか、お前の寛美さん信仰には過ぎるところがある。気持ちは分かるけどそのうち、寛美さんに言われたらやべー壺とか買っちゃうんじゃねーの?」

聡史は茶化して言っているが、翔は『買うかも』と真面目に思っている。

時計は13時47分。

ここから西の尾根道に入り2時間程歩けば一日目の目的地である『簑沢峠ロッジ』がある。事前の調べでは尾根道は傾斜の緩いハイキングコースでアップダウンはあるものの自然林を眺めながら歩く事が出来るとあった。予定通りの登山が見えて来ている。

空を見ると広場の真上に太陽が輝き雲一つない晴天の陽が顔に突き刺さる。

気温計は無いが感覚でも20℃は切っていてミドルのフリースジャケットを着て丁度良い。

食事を終え、立ち上がると奥宮の祠で参拝する。

寛美から聞いた話しでは神社の主祭神と奥宮の神様は別の神が祀られているらしい。

翔が気付いて聡史に話しかける。聡史も気になっている様だった。

「なあ、この鳥居の囲み方や狛犬の方向って普通の神社と違うよな。」

「翔も気付いたか。これじゃあさ、悪いものが侵入しない様に守っているというよりこの祠から出ない様に見張っているみたいだもんな。」

鳥居の注連縄はそれぞれ架かっているのだが隅の部分にも小さな注連縄があり隙間になる四隅に祠に向いて四体の狛犬、狼の像が置かれている。

「君達神様とかに興味あるの?」

後ろから声が掛かった。振り向くとショッキングピンクのキャップを被った女性達が微笑んでいた。聡史が嬉しそうに近付いて話し出す。

「ええ神社でもお祓いして貰ってから登って来ました。ここの神様、奥宮の神様は神社の神様とは違う神様が祀られているらしいって教えられたものですから。帰ったらきちんと調べようと思っているんですよ。」

翔は呆れながら聞いていたが言っている事は間違ってはいなかった。

二人の女性は顔を合わすと声を掛けて来た方が話し出す。

「良く知ってるね。公表されてないけど古い民話で山の人達を苦しめていた祟り神を槍穂の神が鎮めて奥宮を建てて祀ったって言うのがあるのよ。気の荒い神様だから毎日誰かがお世話する必要があるんだって。神職の人と一緒に鳥居前の町内会にある氏子会の人達が毎朝掃除に来るのよ。」

「はあ、物知りなんですね。考古学とか民俗学されているんですか?」

聡史が言って自己紹介をした。

「いいえ、普通のOLですよ。大学時代にこの神社で巫女のバイトしていた時に宮司さんから聞いたんですよ。私達も何回か来た事あるの。だから私達の方が登るのが早かったのかもね。高校生か若いなあ。無事に計画通り行けるといいね。」

「は~い。ありがとうございます。お姉さま方もお達者で~」

聡史は上機嫌で対応していた。


広場の西側に建物があるのを気付いて近寄ると、どうやって工事したのか分からないが水洗のトイレがある。聡史がスマホを取り出し登山者登録アプリを開きマップの情報を出すと奥宮の水洗トイレがチェックされている。

「至れり尽くせりだ。このアプリってゲームの攻略本並みに情報細かかった。もっと早くから見ておけば近道とかあったんじゃないかな。」

翔が苦笑いしながら聡史に応える。

「あのさ、お前ってゲームやる時真っ先に攻略本見るの?ここ来るのも冒険やりたかったんじゃないのかよ。まあ、ここまで清潔に保たれているのは、さっきのおねーさん達が言っていたように毎日神社の人達がここまで登って来て掃除やごみの撤去をやってくれているんだろうな。ありがたいな。」

折角なので使わせて貰う。中も清潔に保たれていて自分達の足跡を見て用具入れの中からモップを出して掃除してから出て来た。

トイレの北側には立水栓があり『地下水を汲み上げています』と注意書きがあった。

二人は空になった水筒に立水栓から地下水を漱ぎ込む。

「この設備もここ十年でY.PACが整備したらしいな。」

聡史がトイレの横にある看板を見て言う。

翔は、自分の父親の事故以来、Y.PACが巨額の資産を投じて整備工事をしたと言った伯父の言葉を思い出した。

聡史は先に休憩をしていた二人組の女性の所に挨拶に行き、四人の男性達とも談笑し始めていた。聡史に呼ばれて翔も挨拶すると女性達からそれぞれツーショットの記念撮影を頼まれる。ちゃっかり聡史も紛れ込んで普通に集合写真になってしまった。

時刻は14時を過ぎていた。

トイレ横の募金箱に目安の小銭を差し入れ、リュックを背負う。

「よーし、ラストスパート行こうか。」

聡史が皆に号令をかけた。

祠の広場から北西に道があり、四方に分かれ道が現れた。

大きな案内表示板があり、真っ直ぐに進むと槍穂岳山頂への階段。東は迂回して神社の境内へ帰る下りの道。北東の道は檜洞丸方向への登山道とある。

翔達が予定している簑沢峠へは南西への尾根道を行くことになる。

一緒に休憩していた女性達は山頂に向かい、ベテランらしき四人組は北東ルートに進むと言う。

皆で挨拶しお互いの安全を願い、それぞれ歩き出した。

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