第17話 物怪(もののけ)の誕生と最強の守護精霊
日本人の心の根底にあるものの一つに
原初の日本という土地の根源的な『神』はとても
そして、原始の神道が『八百万神』を形成する中で、中国大陸から道教や儒教のように洗練された宗教的な文化が持ち込まれ、地霊としての『神』に対し『天空の神』という新たな神が誕生した。この当初の『天空の神』は大陸民族の暴力的風土をまとい荒々しい性質を持っていた。そこでこの国の人々は先住の神を『
そうして『新たな神』は『従来の神』と共に人々の信仰の対象となったのである。
そして、形作られたパンテオン、神殿は山の上、人の手の届かない天空に置かれ、国の地霊は『山の神』にその役目を受け継がせている。
関東や東海地方に位置する丹沢山系や箱根、伊豆の山々には今でも『山の神』を祀る神社は多くあり、人々の信仰を多く集めている。
ここまで話し、史隆は弥生と水江を見る。
「なんとなく分かりますか?」と言われ二人とも「はぁ・・・」とだけ答えた。
「ここで、今まで話した『神』の部分を『心』とか『精神』に置き換えると少し取りつきやすくなるかもしれませんが・・・現代の日本人に失われつつある、原初の日本人本来の心に『神』は宿っていた。それは、万物への感謝であったり、
「映画とかにある神の奇跡とか、超能力や呪いみたいなものがあるという事でしょうか?」水江が聞く。
「たった今、その奇跡を見ましたよね。水江先生は二度目ですかね。」
史隆の言葉に楓に注目が集まる。楓は新井を見て話し始める。
「新井君。ある程度は話すわよ。そのつもりで私を残したんでしょう?」
新井は何も言わず、深山の肩を軽く叩いて立ち上がり微笑んでから翔が寝ているベッドへ向かう。布団を直し、頭を撫でてから窓際へ行き、腕を組んで窓の外を眺めた。
病院の影が海へ伸び左手には横浜港を行き交う船に夕陽が反射していた。本牧の街並みに灯が燈り始め遠くにベイブリッジも見える。正面の対岸には東京湾を挟み房総半島の山々が見え、右手の横浜ベイサイド沿岸では帆を張ったヨットが回遊していた。
窓辺の新井を見てから楓はゆっくり話し出す。
「新井君達には立場があるから自分からは話しにくい事だけれど。私は治外法権だから当たり障りのない範囲で話すね。深山君は寝てなさい。」
言われた深山は本当に眠らされるのではないかと身構えた。
「何もしないわよ」と楓に言われ腕を組んで寝たふりをする。
「裕子さんは忍ちゃんの件でこの世には不思議な世界が混在している事は理解したでしょ。和尚さんも感覚としては気付いているよね。その中で人間に対して精神面で影響する存在を神や精霊として、物理的に影響を及ぼす者を
一気に話して周りを見渡す。水江までも聞き入っていた。
「我慢強いね。」と言って続ける。
「都を築いた事で神からの干渉は薄まる。代わりに保護される力も弱まった。そこから
まだ窓の外を眺めている新井を見る。
「新井君達の仕事は今言った事だけではないけれど、公言したら馬鹿にされたり、果ては税金の無駄使いと言われたりするから、理解しようとしない人。まあ、普通の人達に配慮、というか面倒だから隠す必要がある訳よ。多分。私には関係ない事だけどね。」
楓の言葉に聞き入っていた宗麟が口を開く。
「新井さんの仕事は分かりました。正直、隠す必要はないと思いますが、確かにこの世の中、自分が想像出来ない世界を拒絶する人の方が声が大きい。面倒だから隠すは面白い表現ですな。それで、話を元に戻すと『山の神』を殺すという部分もこれから話してくださるのでしょうか?」
楓は出来の良い生徒を眺める教師のような眼差しで宗麟を見て、話を続ける。
「話を平安の時代に戻すね。今の説明で魑魅・・・
「隆一にはその物怪の鬼と戦う力があったという事ですか?」
宗麟が口を挟んだ。
楓は少し考え、弥生と宗麟に向いて答える。
「隆一君には、最強の守護精霊が宿っていた。遠い昔、神崎の名が生まれる遥か昔に、ある原初の陰陽師によって名付けられた三柱の精霊の一柱。それは彼の家系に繋がる宿縁。」
楓はここで話を止めた。
「ここから先は当たり障りがあるから内緒ね~」
首を傾け少女の顔に戻って冗談っぽく言う。
「はい、おしまい。」と言って深山の片を叩く。
深山は顔を上げ、驚いた表情で口を開けた。
「自分も知らない内容でしたよ。改めて危険手当上乗せしてもらう様にします。」
聞いてちゃダメでしょ。と楓に言われ苦笑いをしてから、改まって楓に問う。
「それで、今後、翔君はどうすれば良いのでしょうか?」
新井が何事もなかったかのように無言で戻り、深山の隣に座った。
窓の外は帳が下りていた。
「今話した通り、神様は人間同士の争い事には干渉しない。同時に神同志の諍(いさか)いにも他の神は手を出さない。神が行う事は全て正しいの。人間の勝手な感覚で善悪は語れない。でもこの鬼は神に昇華されず怨念の塊として自我を持って行動している。要するに『人』。この鬼が神か眷属を殺したという事は『神殺し』として天罰の対象になる。山の神の伝達機構、今風に言うとネットワークによって指名手配されるのが普通だけど、そこに翔君が巻き込まれている可能性は否定出来ない。生きて山で保護されたって事はセーフなのかもしれないけど、和尚さんが見た朧げな光が元の力を取り戻すまでの間は、取り敢えず『山』には入らない方が身のためね。翔君が回復して記憶があればそれでOKだけど、そうでなければまだ駄目ってサイン。」
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