第43話 高校一年・九月 その4


井神いかみくんー、いたいた」


 篠川しのかわ瀬奈せなトークショーを含めた、生徒会主催の一連のイベントが終了して、体育館から出て廊下を歩いていたとき。背後から呼びかけられる声。振り向くと、中学時代の同級生・河合かわい咲良さくらがそこにいた。


「咲良、どうかしたか」

「あのさ、天文部の展示ってどこにあるのかな?なんかパンフレット見てても分かんなくて・・・・・・井神くん、天文部にも入っていたよね?」

「幽霊部員だけれどな」


 入学当初は天文部と物理部を兼部けんぶしていくつもりだったが、いかんせん天文部の方の活動が当初はほとんどなくて、そのまま自然とフェードアウトした形だ。とはいえ、一応在籍だけはしていることになっているはずだ。


「でも、幽霊部員でも案内くらいできるでしょう?」


 下から覗き込むようにして、こちらを見てくる咲良。


「もちろんだよ。どれどれ・・・・・・ああ、ここか。案内する」


 咲良から手渡されたパンフレットを確認して、天文部の展示が、辺鄙へんぴな場所にある理科準備室だと気付く。そういや、今年はほとんど活動ができていないから、展示の規模も縮小したと、誰かから聞いたな。だから人気ひとけのない場所になったのかもな。


 目的地に向かいながら、俺は咲良と会話を交わす。


「それにしても、咲良は天文部とか興味があるんだな」

「うん、まあね。今書いている小説が、ちょっとそういう宇宙関係の知識が必要だから、参考までに見ておこうかなって」

「そういや、咲良は高校でも引き続き文芸部だったな」

「ええ。そう大して中学とは変わらないわよ。・・・・・・あ、ひとつ変わったか。ほとんどオンラインで活動ってところが。中学のときみたいに、パソコン室に集合して、みんなで並んで座って文筆活動、てわけにはいかないわね」


 なるほどな。わずか一年ちょっと前までの文芸部の活動情景が、いまや遠い遠い過去のことのようだ。


「でも、高校の文芸部もけっこういいものよ。詩とか小説とか、すごい知識量誇る人がいるしね・・・・・・。あと、コロナがもうちょっと落ち着いたら映画部と共同で映画製作しようとかの話もあるしね」

「へえ、なんか楽しそうだな」


 映画部は、西校にはないしな。


「井神くんこそ、物理部の方はどうなのよ?」

「そこそこ楽しんでいるよ。でも、咲良と同じで、物理とか数学にものすごく詳しいヤツがいる。俺、本当に理系で良かったかな、てちょっと思わされている」

「へえ、井神くんを越える人がいるのね」

「そりゃあ、いるさ。高校になったら、色々とすごいやつがな。多分、咲良が南校の文芸部で感じているのと同じじゃないかな」

「そうね・・・・・・中学時代って、こう、なんだか世界が狭かったよね。今振り返ってみるとと」


 咲良はふと、懐かしむような表情をする。


 時間的には、まだ半年前まで、中学時代だった。しかし、もう随分と遠い昔のようなのは、高校入学という変化以上に、世界的なパンデミックによって生活の一切合切が激変してしまったのが原因だろう。


「でもさ、咲良。確かに中学時代の俺たちの世界は狭かったかもしれない。それはそれで、楽しかったんじゃねえの?」

「うん。むしろ、あののんびりした文芸部室に戻りたくなるときがあるくらいよね。狭いからこその、居心地の良さっていうのかな」

「だろう?俺は、いまはいまで楽しいけれど、昔はそれで良かった。そう言えるのって、幸運なことだぞ」

「そうね・・・・・・“あの頃は良かった”じゃなくて、“あの頃も良かった”て言えるもんね。私も私で、それなりに南校文芸部は充実しているからね」

「美菜だって、なんだかんだ東校に元気に通っているだろう」

「そして、瀬奈ちゃんに至っては、芸能界入り」

「だろ?ま、そういうことだよ・・・・・・お、ついたぞ」


 天文部の展示がなされている理科準備室に、到着した。


「なるほど。ここね。あ、井神くん。ちょっと中に入ってもらっていいかしら。私、お手洗いにいってくるから」

「ん?場所はここだって分かったから、もう俺はおやく御免ごめんだろ」

「もう!なんでもいいから!」


 咲良は俺の背中を押して、強引に俺を理科準備室の中へと入らせて、トイレへと向かう。


 室内には、既に先客が一人いた。窓の外を眺めている女子生徒。ん?なにか見覚えがある後ろ姿のような・・・・・・。


 その女子が、こちらを振り向き、俺の心臓の鼓動が早くなる。振り向いたその女子は、篠川しのかわ瀬奈せなだったのだ。

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