四 祝言の後に

 文月(七月)二十三日、昼八ツ(午後二時)。祝言が始まった。


「内輪の祝言のはずが、盛大な祝言になってしまった・・・」

 藤五郎は多紀にそっと耳打ちした。

「旦那様の祝言だから、内輪という訳には行かなかったのでしょうね。

 たくさんに人たちに祝われて、あたしは嬉しゅうございます」

 多紀は小声で藤五郎にそう応えた。


 内輪の祝言だったはずなのに、香具師の藤代と藤代の女房の綾、藤裳の弟の藤治郎。越前松平家下屋敷留守居役の松平善幸と松平悠善、鍼医室橋幻庵、医者竹原松月、喜楽堂善哉門をはじめ取引先の主たちと馴染みの顧客たち、そして奉公人たちが、藤五郎と多紀の祝言を祝っていた。


 祝言が済み、宴になった。

 宴もたけなわになると、藤五郎は席を立ち、来客たちの席に行き挨拶した。

 このような場では長話もできないので、後日先方に伺い、改めて挨拶する旨を伝え、来客の帰宅が遅くならないように気を使った。



 宵五ツ(午後八時)宴がお開きなった。

 祝言の席から、奥座敷に引き上げた藤五郎と多紀はほっと安堵の溜息をついた。多紀は藤五郎に着換えをさせ己も着換えた。藤五郎の晴れ着と己の晴れ着に衣紋掛けを通して長押なげしにかけようとした。

「多紀さん、疲れただろう。肩を揉むか」

 藤五郎がそう言って多紀の手から晴れ着を通した衣紋掛けを取り、長押にかけた。

「はい。お願いします」


 藤五郎は多紀を褥に座らせて背後に座り、多紀の肩を揉んだ。

「気疲れしただろう。こんなに凝ってる・・・」

 藤五郎は多紀の凝った肩と首筋を揉みほぐした。

 祝言が行われていた御店の座敷からは、まだ話し声が聞こえる。大番頭の佐吉が取引先の主たちと話し込んでいる。


 何もこんな時に話し込まなくて良いものを・・・。こんなに賑やかでは床入りなんぞできやしない・・・。

 多紀はそう思いながら、肩を揉まれてうとうとしはじめた。



「多紀さん、多紀さん・・・。さあ、横になって寝なさい・・・」

「えっ・・・」

 多紀は藤五郎に背後から抱かれるようにしてうたた寝していた。


「あたし・・・、眠ってたの・・・」

「そうです。さあ、横になって・・・」

 藤五郎は多紀を褥に寝かせた。


「旦那様。あまえていいですか」

「はい・・・」

 藤五郎は驚いた。多紀がこんな事を言うとは思わなかった。


「腕枕して、だっこしてください」

「はい、いいですよ・・・」

 藤五郎は多紀を腕枕して多紀の背を己の腹に密着させてだっこした。亡き娘をだっこした時のように・・・。


「旦那様、御店も静かになりました。床入りです。初夜です。抱いてください」

 多紀は身体をまわして藤五郎に向き合った。

「はい・・・」

 藤五郎は多紀を抱き寄せて唇を重ねた。



 熱い一時が過ぎた。五郎は滝を抱き締めていた。

 多紀は藤五郎の胸に抱かれ、身も心もこれまでにない安堵と幸せを感じていた。

「多紀は、しあわせです。これからは、毎晩だっこしてくださいね」

「はい」

「約束ですよ」

「はい。わかりました」

「うれしい・・・」

 多紀は藤五郎にしがみついた。


 これで多紀さんは俺の妻だ・・・。それだけではない・・・。

 そう思いながら藤五郎はしっかり多紀を抱き締めた。



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