三 祝言の準備
翌日、文月(七月)十七日、明け六ツ半(午前七時)。
朝餉後、藤五郎は大番頭の佐吉を奥座敷に呼んだ。
「旦那様、何でござりましょうか」
「多紀さんを女房にします。
内輪の祝言を挙げるから、いつが良いか、仕度に掛る日数を考えて決めてください」
大番頭は驚いたが、いずれこんな日が来るのを半ば期待していた。
「はいっ。すぐに仕度します。
御店は可能な限り商いを致します。如何ですか」
「良いでしょう。私と多紀さんで薬種問屋の商いをします。祝言の仕度を頼みます。」
「はい」
亀甲屋の薬種問屋は、薬種屋も兼ねている。
(薬種屋は現代の薬局に近い存在。一般向けの既製の薬(丸薬、散薬など)を販売することも多かった)
「いつ祝言を挙げられるか日取りを教えてください」
「五日もあれば仕度できます。
祝言は文月(七月)二十三日の昼八ツ半(午後三時)からで如何でしょうか」
大番頭の佐吉は前回の藤五郎と藤裳の祝言を思っていた。
「わかりました。頼みます」
大番頭は座敷を出ると、帳場にいる番頭の吾介と手代の佐平を座敷に呼び、
「文月(七月)二十三日の昼八ツ半、旦那様が多紀さんと祝言することになった。
仕度にかける日数は五日。列席者の数はすぐに伝える」
と伝えた。
藤五郎が内輪の祝言をすると言ったにも拘わらず、大番頭は藤五郎と多紀の祝言の招待状を
「この招待状を間違いなく届けるのだぞ」
と数人の丁稚に指示して、取引先と馴染みの者たちへ招待状を届けさせた。
そして、大番頭は再び番頭と手代を座敷に呼んで招待客の数を知らせ、
「内輪の祝言だから、くれぐれも大騒ぎせずに動くよう、奉公人に伝えなさい。
前回の祝言と同じ要領で奉公人を動かすのです」
と言って前回の藤五郎と藤裳の祝言をほのめかし、
「下女たちに、祝言に列席する客と奉公人の数も含めた祝いの膳を仕度させなさい。
丁稚たちに魚と酒と野菜を調達させ、御店を掃除させて清めさせ、手があいた者は台所を手伝わせなさい。
引き出物の手配は、喜楽堂善哉門さんに頼みましょう。喜楽堂善哉門への引き出物が喜楽堂の菓子折では気が引けますから、他の菓子屋もあたるのです。
良き考えがあれば、菓子や食べ物でなくても構いません」
と指示した。
「祝いの膳の材料の調達と膳の仕度の手配は私がします」と番頭の吾介。
「では、私は御店の掃除と、座敷を祝言に仕えるように片付けさせ、手があき次第、台所を手伝います」と手代の佐平。
「引き出物の手配は、大番頭さんがなさってください。引き出物を決めるのは難しいですから・・・」
番頭の吾介は大番頭にそう依頼した。前回の祝言と同じ引き出物になってはいけない。かといって在り来たりの引き出物でもいけない。
「わかりました。私が手配しましょう。
では、よろしく頼みますよ」
「はいっ」
番頭の吾介と手代の佐平は、大番頭の佐吉の指示を快く承諾した。
大番頭の佐吉が奥座敷を去ってしばらくすると、藤五郎は隣の座敷の多紀を呼んだ。
「祝言は文月(七月)二十三日の昼八ツ半(午後三時)になった。それまで多紀さんと私で薬種問屋を切り盛りする」
「あたしは、下女を指導して祝言の仕度をせねば・・・」
「嫁と婿は、祝言の仕度はせぬ。周りの者たちに任せるだけだ。
多紀さんと私は薬種問屋で御店番だ」
「御店番は、旦那様とあたしの二人だけですか」
「皆、祝言の仕度で忙しいから、そうなるだろうな」
「昼餉くらいはあたしが作ります」
「台所へ行けば、足手まといになる。御店にいなさい」
「はい・・・」
多紀は藤五郎の説明を承諾した。
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