三 新たな商い その二

 その後、藤五郎が竹原松月宅を訪れて快気丸について話した。


「分りました。快気丸を使いましょう。さすれば、私が快気丸を調合する手間が省けます。

 私が教えた快気丸の処方です。私が調合したも同じです。

 何か有れば、私が藤五郎さんに阿片の仕入れ代行を頼んだ、と話しなさい。

 私には、阿片の商い許可証文である公儀のお墨付が有ります故」

 竹原松月は藤五郎に微笑んだ。


「ありがとうございます。ご恩は忘れません。

 せめてもの気持ちです。できるだけ、安価でお納めいたします」


「患者の皆様にも、そのように取り計らいましょう。

 老若男女を問わず、皆、大切な者たちですので・・・」

 竹原松月は訪れる患者たちの立場になぞらえて、大切な者たちを亡くした藤五郎の心の声を語った。


「気持を汲んで頂き、ありがとうございます・・・」

 現在、藤五郎本人が、松平善幸の商い品を二重底の菓子折に偲ばせて鍼医室橋幻庵に届け、幻庵がそれを大名家上屋敷の往診の折に配達している。

 藤五郎は、留守居役松平善幸の商いの下請けについて竹原松月に相談したかったがその事は話さなかった。


 亀甲屋は廻船問屋と薬種問屋、香具師たちの積立をする積立屋を兼ねる両替屋、香具師や辻売りに商いの道具を貸し出す損料屋である。

 藤五郎には亀甲屋の主としての立場と、江戸一円の香具師の総元締めの立場がある。

 多忙であるが何事も己が成さねば気が済まぬ藤五郎は、他人に商いを任せられずにいた。



「さて、藤五郎さんは襲名なさり、亀甲屋藤五郎とお成りです。

 大切な御身内を亡くし、もはや頼りになる方々が居らぬとお思いで、さぞや商いの心労が絶えぬかと思います・・・」

 竹原松月は藤五郎の思いを感じていた。


「私とて、医者として物事を分ったようなつもりで居りますが、一挙に身内を亡くした経験は無く、身内を亡くして孤独になった心を癒す知識も有りませぬ。

 しかしながら商いの行く末は推察できようかと・・・」


「どのようにお考えですか」

「藤五郎さんは商いを今より大きくしたいとお考えと思います」

「はい」

「その一方で、何事も己が成さねばならぬとの思いが強く、他人に商いを任せられず、日に日に、商いに対する心労が増えておられる」

「はい。このままだとどうなりますか」


「今はなんとか全ての商いを仕切れましょうが、商いが今より大きくなった折は、独りで全てを仕切るには無理が生じ、心が病んでしまうでしょう」


「その折はどうすれば良いでしょう」

「信頼できる者たちを傍に起き、その者たちを使うしか有りますまい」


「そうしたいのですか、信頼できる者が居りません」

「では、今から信頼できる者を探しなさい」

「はい・・・」

 藤五郎はそう答え、奉公人と香具師仲間を思い浮かべたが、信頼できる者は、鍼医室橋幻庵と、菓子折を依頼している喜楽堂善哉門、香具師仲間の藤代しか思い浮ばない・・・。


「幻庵先生と香具師の元締藤代殿がよろしいかと・・・」

 竹原松月は声を潜めた。

「と言うと・・・」

 藤五郎は竹原松月の意図を知りたかった。



「幻庵先生は既に商いを手伝っておいでです。快気丸を含め薬の商いは幻庵先生と香具師の毒消どっけし売りに手助けして貰うのが良いでしょう。

 藤代殿は藤五郎さんが最も信頼している親戚で、信頼している香具師の元締です。


 そして、香具師の積立は両替屋の商い、香具師に商い道具を貸し出すのは損料屋の商いです。これらは藤代殿に手助けして貰うのです。

 香具師の積立金を両替屋として貸し付ければ、金利で儲けられます。この金利の一部を亀甲屋が得て、残りの金利を香具師の積立に上乗せして、香具師たちに返すのです。亀甲屋も香具師も、金利による儲けを得られます。


 さすれば藤五郎さんはこれまでの廻船問屋の商いと薬種問屋の仕入れに専念できます。二人を大切にせねばなりませぬ」


「はい・・・」

 俺が考える通りか・・・。

 喜楽堂善哉門は留守居役松平善幸の商いに荷担しているとはいっても、安い菓子材料を納めている亀甲屋に便宜を計っているだけだ。

 もっと安い材料の仕入れ先が見つかれば、亀甲屋に便宜を図らなくなるやも知れぬ。警戒せねばならない・・・。


「藤五郎さんは喜楽堂善哉門を使っていなさるが、警戒なさいませ。

 善良な商人なら申し分はござりませぬが、必要以上に利鞘を気にする商人は、銭金ぜにかねで言い分を変えまする。藤五郎さんの様に、人助けのために薬を安く売ろうなどとは思いませぬ故・・・」

 竹原松月は亀甲屋が菓子材料を安く喜楽堂善哉門に提供しているのを知っていた。患者として診察を受けた喜楽堂善哉門や、亀甲屋の商売かたきから話を聞いたのだろう・・・。壁に耳有り障子に目有り、である。


「はい。気を付けます」

 藤五郎はそう言ったが、喜楽堂善哉門を除けば、室橋幻庵と藤代の他に、信頼できそうな者はいない。奉公人で信頼できる者は・・・。

 藤五郎は亀甲屋の奉公人を思い浮かべた。

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