五 博打教授

 藤代は座り直すと大声で女房と手下を呼んだ。

「おおいっ、皆の衆っ、藤五郎が、遊びで丁半をやりたいと言うておるぞおっ。

 お綾っ。茶菓子を、有りったけ、持ってきてくれっ」

 藤代は笑顔になった。饅頭や落雁など茶菓子を、掛札代りにする気だ。


 藤代の女房の綾が笑顔で座敷に現れた。山積みの茶菓子が載った盆を持っている。背後には七人の手下がいる。

「お前さん。藤五郎さん。上座へ移っておくれ」

「あいよ。上座へ移ろう」

「わかった」

 藤五郎は藤代と共に座敷の上座に移動した。


「ささ、皆、賭場を作っとくれっ」

 綾がそう言うと、綾の背後に居る手下たちは座布団を片づけ、持ってきた、大きさが畳一畳ほどもある餅の延し板を座敷の真ん中に置き、その上に大きな晒布を敷いて簡易の賭場にした。そして、座布団を上座に二枚、下座に一枚敷き、下座の賭場に山積みの茶菓子が載った盆と、柄の長い杓子と二つの賽と、竹籤で細かに編んだ竹駕籠の賽壷を置いた。


「さあ、皆、座っておくれ。お前さんたちも座っておくれよ」

 そう言って綾は下座に座り、

「煎餅(三枚で一文)は百文の掛札代わりだよ。

 饅頭(一個三文)は二百文の掛札だよ。憶えとくれよ」

 煎餅と饅頭を賭場に並べ、それらを柄の長い杓子で賭場の上を滑らせて、手下たちと藤五郎と藤五郎に配り始めた。

 一人分の掛札は、二百文の掛札代りの饅頭五個と、百文の掛札代わりの煎餅十枚。

 賭場の総勢は藤五郎と藤代と、女房と手下七人だ。

 胴元は藤代の女房の綾。壷振りは藤代の従妹の藤裳ふじもだ。


 準備が整うと藤代が説明する。

「賭場に入ると客は得物を全て胴元の丁場に預け、銭を百文か二百文の掛札に換える。そして、掛札を持って賭場に座り、丁半博打に掛札を賭ける。

 知っての通り、丁は賽の目の合計が偶数。半は奇数だ」


「うむ、それで勝つにはどうする。手立てがあるのだろう」

 藤五郎は掛札代わりの饅頭と煎餅を見ながら訊いた。

「手の内を知ってるのか」と藤代。

 藤五郎が小声になった。

「それとなく、噂は聞いてる・・・。

 手の内を、教えてくれ」

 

「わかった。

 賽に細工がしてあったり、賽を振る壷と呼ばれる小さな竹駕籠に細工がしてあったりで、壷振りは胴元の指示で微妙に壷を動かして、賽の目を変えるのが常だ・・・」

「それでは、賭けにならぬな。

 壷振りの手元を見れば、何をしたか見破れるではないか・・・」


「そうでもない。壷振りは実に巧妙に手を動かすから、客にはわからぬ」

「ならば、どうやって賭けるのだ」

「胴元は、常に負けぬようにする。たとえば賭場の客の多くが丁に賭けたら、壷振りは壷を動かして賽の目の合計を半にする。

 丁半どちらに多く賭けるかを見極め、その逆に賭ければいいんだ」


「そうは言っても、壷の中が丁半のどちらか分からぬぞ」

「賽はいつも、丁か半になるように細工がしてあるのさ・・・」

 藤代はそう言って藤代の従妹の藤裳に目配せした。

 藤裳は二つの賽を摘まんで賭場に放った。

 出た目の合計は丁、偶数だった。

 もう一度、二つの賽を放った。

 また、出た目の合計は丁、偶数だった。

 藤代は藤五郎を見て笑った。

「こう言うことさ」

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