四章 香具師の総元締めと亀甲屋の後継者
一 亀甲屋の後継者
藤五郎が二十歳の春、弥生(三月)。
父の藤吉が流行病にかかり、三日後、呆気なく亡くなった。
後妻のサヨは遺言に従って、藤吉が蓄えた遺産を受けとり、サヨの連れ娘カネ、十六歳をつれて藤吉の長屋を去った。カネは器量も才も長けていた。
その後。
サヨの娘のカネは、亀甲屋がある田所町の東隣り、新大坂町の廻船問屋吉田屋に、自分の素性をありのままに語って奉公した。
吉田屋の倅の吉太郎は一目でカネの器量と才と人柄に惚れ、カネと夫婦になった。カネは息子の吉次郎を生んで母になった。
カネは、生まれたばかりの吉次郎にも、自分の素性を語って聞かせ、藤五郎は伯父のような存在だと語った。
藤五郎は二十四歳になった。
藤五郎は確実に儲けが出る品が何か模索していた。その事を藤五郎は誰にも話していなかった。一次問屋でない亀甲屋がまともな商いをしていても儲けに限度がある。
日本橋の周辺には四人の香具師の元締がいた。
又芳は、香具師の元締だった藤吉の配下で、押上村で暮す本所界隈の香具師の元締だ。又芳には息子又三郎と二人の娘がいる。
他にも藤吉の配下には、深川界隈の香具師の元締の末次郎がいる。末次郎には三人の娘と末っこの末吉がいる。
神田の香具師の元締の権太も藤吉の配下だ。権太には息子権助と嘉吉と三郎がいる。
馬喰町界隈を仕切る元締め藤代は藤五郎の父藤吉の再従弟で歳は藤五郎より二つ上だ。藤五郎の再従弟叔父である。(後に藤代には長女藤と長男藤吉が産まれる)
今となっては、この者たちは藤五郎に絶対的な信頼を寄せ、藤吉亡きあと日本橋界隈の香具師の元締となった藤五郎の配下といって過言では無かった。
(藤五郎の配下・押上村で暮す本所界隈の香具師の元締の又芳。深川界隈の香具師の元締の末次郎、神田の香具師の元締の権太、馬喰町界隈を仕切る元締め藤代)
藤五郎はこの者たちにも、確実に儲けが出る品が何か、模索している事を話さなかった。話せば何かの拍子にその事が露呈し、練りあげた謀が一挙に他人に奪われる可能性があるからだ。藤五郎は慎重だった。
初夏の皐月(五月)、昼前。
「祖父ちゃん。伯父さん。儲けが一番多い品は何だ。教えてくれないか」
藤五郎は亀甲屋の帳場で祖父の亀甲屋亀右衞門と伯父の庄右衛門に話した。
「そう言われても、特別これが儲かるという物は無いぞ。
香具師や辻売りに貸し出す道具の貸料や、香具師や辻売りに商う品の材料を直売りする方が、小売り店に卸す品より利幅は大きい。
儲けが多い品を訊くからには、藤五郎に何か考えがあるのか」
伯父の庄右衛門は藤五郎の考えを訊こうとした。
「まだ、考えは無い。
亀甲屋が他の廻船問屋と違うのは、香具師や、担い屋台など辻売りたちを相手に商いしてる事くらいだ。
卸し値を安くして品を卸す小売り店を増やす策もあるが、卸し値が安いから儲けはあまり増えない。
今のような、元問屋、廻船問屋、小売り店のような在り方では、亀甲屋の儲けは増えないという事だ」
「ならば、如何にするのか」
祖父の亀右衞門は藤五郎の考えを知りたかった。
「一つは、亀甲屋が元問屋をすればいい。亀甲屋が地方の産物の仕入問屋をすれば、品物の値段は思いのままだが、高値で商売したら小売り店は他の廻船問屋と取り引きするだろうから、値を上げずに下げるようにする。そうすれば亀甲屋と取り引きする小売り店が増える。
もう一つは、亀甲屋が小売りをすることだ。品物の値段から小売店の利幅分をさっ引けるから、今までより安値で品物を売れる。されば、客は亀甲屋で品物を買う。
亀甲屋が小売りできる品は、たくさんあるだろう・・・」
藤五郎の考えに、祖父の亀右衞門と伯父の庄右衛門は唖然とした。
藤五郎の考えはごくごく当り前だったが、商う品物の流通経路は長年の慣習で定まっていて、誰もそれを見直そうと考えた者はいなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます