第11話

 旅人は、魔物素材を売りながら旅をすると言う。

 私達の領地では、そんな旅人を『討伐員』と名付け、組合化へと着手していった。

 正直、帝国内では初めての試みで、手探りな部分が大きい。それに伴って仕事も大量になっていくわけで。


「やっぱり、旅人の声を直接聞きたいわ。何があれば便利とか」

 旅人達を集めて意見交換の場を整えるだけでも一月。


「組合の場所だけ考えればここが最適だけど、広さがねぇ」

 組合の建物の建設場所を検討するのに二週間。


「この制度は絶対必要よ」

「だけども、人員が足りない。軌道に乗ってから追加するとして、今は現状で進ませるしかないんじゃないか」

 制度に旦那様と討論するのも数ヶ月。


 もちろん、建設現場だって一筋縄じゃいかなかった。土地の利権だなんだって、領主主導でも出てくるのねえ。まあ、旦那様が出たら一発だったので割愛しましょう。

 とにかく半年近く、寝る間も惜しんで働いた。エリーもルイスも、複数の仕事を兼任してくれたから、館の皆は満身創痍に近いんじゃないかしら。

 とにかく、明日から討伐員組合も始動する。

「今日はゆっくり休んで、明日に備えようか」

 市に出てケイン達に話を聞いたところ、旅人は面白がっているようだ。彼らは定住しない身だけど、好奇心が強い。

「明日からは組合長として、頑張らないとね、マリー」

 旦那様だけが呼ぶ愛称でにっこり激励をされる。伯爵夫人としての仕事はほとんどない代わりに、私がこの組合の頂点に立ち、采配を振るうことになる。

 そんなはめにした旦那様を軽く睨めば、彼はおお怖い、と小さく肩を竦めた。

「マリーならできると思ったからね。それに、これは君も納得しているだろう?」

「まあ、理解はもちろんしていますけれど」

 そう。明日から組合長として表に出ることになる私「ロゼ」と、数日後に挙式を上げる「伯爵夫人」は別人となる。どちらも私だけれど、表向きは別人として立たねばならない。

 理由は様々あるけれども、一番は「伯爵領で伯爵夫人が立ち上げた商会が成功した」だけだと思われてはならない部分だ。この土地は、先代、先々代ともに領地経営ができない人たちだったために、領民は皆貴族というものに対して良い感情を抱いていない。人口の少ないそんな土地で、また貴族が道楽で始めた商会遊びが成功したところで、それが平民たちの自分事にならないのだ。

 だから、平民である「ロゼ」が立ち上げた商会が、高品質低価格な石鹸を中心に利益を上げ、討伐組合を軌道に乗せることが必要となる。ある程度軌道にさえ乗れば、後に続く商人も出てくるだろうし、その頃合いを見て「ロゼ」が引退するなり正体がばれるなりしても問題はないだろう、という判断だ。

「そんなにむくれないでよ、マリー」

「正式な伯爵夫人となっても、ろくに表舞台には立ちませんわよ、旦那様?」

 明日からの二重生活を考えると、憂鬱にもなる。

 今はまだただの貴族令嬢として、そこまで責任が重くなかったけれども、伯爵夫人ともなれば話は変わってくる。

「表舞台なんか、どうとでもなるさ。マリーらしく、好きなようにやってごらん?」

 僕も領地に関しては勉強不足だから、と笑う旦那様も、今後叙爵と宰相就任が決まっていて、こちらもなかなか領地には戻れないだろう。

「君は僕が認めた伯爵夫人だ」

「有能な宰相様に認められて光栄ですわ」

 軽口をたたいて、ワインを口に含んだ。

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黒薔薇姫は今日も怠けたい~超有能な元侯爵令嬢は弱小商会で成り上がる~ 由岐 @yuki-tk

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