第8話 BARへ

素山の仕事は8時40分に終わった。

走れば間に合う。素山は1分でも人を待たす事ができない。

だがそれは辻も同じで、学生時代2時間前にBARへ行ったら鉢合わせたことがあるくらいだ。

走って向かう。また、汗がYシャツやスラックスに張り付く。

多少臭いを気にしながらだがどうにもできない。

涼しげな風が心地よい。あのBARへ到着した。

予想通り辻はもう先に待っていた。何時からいたのだろう?

「恭介、すまん。待ったか?」

「いや全然。それより政春が誘ってくれて嬉しいよ」

心臓が一度大きく鳴った。とてもこれで最後だとは言えない。

何も言わずに店内のレコードが変えられ、丸氷の入ったバーボンが差し出された。

そして無口な店主が静かに口を開いた。

「素山様、この前はありがとうございました。妻も喜んでおりました」

「いえ、私も久しぶりにお顔を見れて嬉しかったです。ありがとうございました」

「堅苦しい挨拶は抜きにして呑もうぜ、マスターにも一杯奢るよ」

辻は楽しそうに言った。

マスターは黒ビールを一杯ついで「いただきます辻様、素山様」と言い三人で乾杯した。

酒が半分ほど無くなった時にマスターは「恥ずかしがってないで出ておいで、瑠璃子」と呼んだ。

辻も「朋もそろそろ出てこないかい?政春がいるんだ」

と呪文のように言う。ぞわぞわと鳥肌が立つ。ついに来たかと見紛える。

店内に客はいない。重厚な扉が音を立て開いた。

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