第6話 百合の香り

家に帰った素山は風呂も入らず文字通り泥のように眠った。

短い夢を見た。


-マスターとその美しい妻。

辻と朋という女性が笑ってBARの前で手を振っている。

まるでまた素山が来るのを待っているかのように-


飛び起きると汗が背中を伝う。

寝巻とはこの様に重かっただろうか。


そうだ、金を払っていない。

そのうちに辻に払わなければならない。

逢う場所はやはりあのBARなのか、と少し気分が滅入る。

実際には匂いはついていないのだが、百合の花の香りが身体について回っている気がする。素山は風呂に入り、身体を丁寧に洗った。

幾分か気分も落ち着き缶ビールに手を伸ばす。

呑むと更に落ち着いた。

あれらは一体何だったのだ。

不思議なことも起こりえるものだ、と我を沈めた。

夢の中でしか逢えないと言っていたが結果的に逢えているではないか。

わからない事だらけだ。

今夜はもう寝てしまおう。特技に入るのかはわからないが、寝つきが良いことだけは昔から褒められる。逆に在学中は丸めた教科書でよく頭を叩かれた。

寝てリセットされれば良いのだが、きっと明日も悩んでいるだろう。

素山はそういう性格だ。

悩んでも答えが見つからない。行き場のない、碇のない船に乗っているような状態はよほどの自由人ではない限り好まないと思う。

「俺は遊覧船のようなものか?」

天井を見つめ独り言を発する。

博美も美智ももう寝ている。素山も無理やりにでも寝ようと思ったが目が冴えて寝れそうにない。

諦めて二本目のビールに手を出す。

素山の屋根にはテラスがあり、たまにそこに上がって星を見る。

家で一番気に入っている場所だ。子供時代で言う秘密基地のようなもので、家族は誰もそこには来ない。

星々は個々を主張していて、その日一日しか輝けない舞台俳優のようだ。

テラスに寝っ転がり、ビールを吞みながら星々を眺めた。

辻といる時も特別緊張はしないが、やはり独りの時間が落ち着く。

気が付くと、だらしのない格好でそのまま朝を迎えてしまった。


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