第144話 アリアナと光

 どうして今まで考えなかったんだろう。ゲームでは事故なんて無かったじゃないか。アリアナは四月からちゃんと学園に通ってた。

 この世界の一番のイレギュラーはアリアナが事故に遭った事だ。


 「事故の後、アリアナは3日間気を失ったままでした。そして目覚めた時・・・」


 クラークは両手をグッと握りしめた。


 「アリアナは彼女に代わっていました」


 そう言って目を伏せた。そんな彼に、ミリアが訝し気な表情で問いかける。


 「ク、クラーク様は、アリアナ様が・・・違う人物に代わっている事に最初から気付いてたのですか?なのに、どうしてそれを受け入れたのです!?」


 (そうそう!それを私も知りたい!クラークは私がアリアナじゃ無いって分かってたんだよね?なのに、どうして何も言わなかったわけ?何で、私をアリアナとして接してくれてたの?) 


 「それは、彼女がアリアナを助けてくれたからだ。彼女がいなかったらアリアナは、馬車の事故で命を落としていたはずだった・・・」


 クラークは静かな声で、そう言った。


 (へ?・・・ど、どういう事?私何もしてないよ?)


 だって、気付いたらだったんだもん。


 「学園に向かう道の途中で、僕とアリアナは嵐に巻き込まれました。雷雨の中、ひときわ大きな稲妻が近くに落ちて、その衝撃で馬車は横転してしまったのです。横たわった馬車の中で僕は慌ててアリアナを探して這い寄りました。でも、その時・・・」


 クラークは青ざめた顔で唇を噛みしめた。


 「アリアナの呼吸は止まっていました。」


 「ええ!?」


 (えええ!?)


 皆と驚きがシンクロしてしまったよ!?


 (と・・・ちょっと待って、じゃその時アリアナは一度・・・)


 「アリアナは一度、命を落としたという事か?」


 私の疑問をトラヴィスが代弁する様に言った


 「・・・・」


 クラークはその問いには答えず、アリアナを気づかわしそうな顔でチラリと見た。

 彼女は今、いったいどんな表情をしているのだろう?


 「・・・あの時、僕はすっかり動転してしまい、どうしたら良いのか分からず、ただ馬車の中で座り込んでいました・・・」


 しんと静まり返った部屋の中に、クラークの声だけが響く。たんたんと、それでいて心に迫る思いのこもった声。


 「その時、アリアナの身体の中から小さな光が飛び立つのが見えたのです。僕にはそれが、アリアナの精神だと分かりました。・・・逃してしまうと本当にアリアナが居なくなってしまうと思って、僕はその光を必死で捕まえようとしました。馬車の外まで追いかけて・・・だけど届かなくて・・・雨の中、僕は空に向かって手を伸ばすしかなかった。でもその時、雲を割る様に、空から光が・・・」


 「光・・・稲妻では無く?」


 トラヴィスの問いにクラークが頷いた。


「ええ、光です。大きくて美して、そして力強い光でした。それは、最初流星の様に、どこかへ飛び去ろうとしていました。だけど、恐らくアリアナの精神に気付いたのでしょう・・・少なくとも僕にはそのように見えました。真っすぐ僕達の方へ速いスピードで降りて来て、アリアナの精神を巻き込むようにして馬車に落ちました。馬車が一瞬、大きく輝いて・・・僕は慌てて駆け寄って扉を開けました。そうしたら・・・アリアナは息を吹き返していたのです」


 溜息の様な息づかいが、リビングの中にたくさん響いた。


 (そ、そんな事があったんだ・・・)


 放心状態にも似た静寂の中、最初に口を開いたのはトラヴィスだった。


 「では、その大きな光?・・・が、もしかして?」


 「ええ、恐らく殿下やクリフ達の良く知るでしょう。・・・彼女がアリアナとして目覚めた時、僕も両親も一目で別人だと分かりました」


 (そそ、そんなぁ!結局、最初からバレてたってこと!?)


 私はがっくり項垂れた・・・。意識しか無いから、あくまでイメージだけどさ・・・


 (それにしてはさ、クラークもアリアナのお父さんとお母さんも、態度に違和感なかったって言うか・・・私の事、受け入れすぎじゃ無かった?・・・うん、そうだよ!もうちょっと私に対して警戒心持っても良かったんじゃない?)


 何せ、娘の身体を乗っ取った張本人じゃん?


 (わ、私はさ、ありがたかったけど。もし私が悪い奴だったらどうするつもりだったのさ?)


 「最初に会った時、彼女は・・・」


 クラークは少しクスクス笑うと、


 「自分がアリアナになっている事に酷く驚いている様子でした。何せ鏡を見た途端に、気を失ってしまいましたから」


 そうだった・・・。あの時はびっくりしすぎて、目覚めて直ぐに卒倒したんだっけ。


 「僕は馬車での出来事を両親に話しました。そしてに対してどう接するか話し合いました。その結果、僕達はしばらく彼女の事をアリアナとして扱い、様子を見る事にしたのです」


 (そ、そうでしたか・・・)


 私はクラークの話を冷や汗もので聞いていた。だって、最初から全部バレてたとなると・・・


 (あ~恥ずかしい!なんかもう色々恥ずかしいぞ!)


 顔を隠してじたばた転げまわりたい気分だった。


 (わ、私、結構クラークの事、「お兄様ぁ」とか言って甘えてたし、アリアナの両親にだって娘ぶった態度とってたし・・・。あ~もう!なんか自分が痛いじゃん!)


 穴があったら・・・だ。

 私の煩悶には気づかないクラークは話を続けた。


 「は最初の頃、とても戸惑っていました。どうしてこうなったのか分らない様子で、もちろんアリアナとしての記憶は無く、貴族の礼儀作法やマナーなども分からない状態でした。幸いというか・・・都合が良い事に、医者はショックによる記憶喪失と判断してくれたので、僕達はそれに便乗する形でしばらく観察する事にしたんです。すると驚いた事には学園に行くまでの一カ月の間で、貴族として必要な知識を全て習得してしまいました。教養に関しては家庭教師が舌を巻くほどに。・・・そしてその頃には、もアリアナとして生きる覚悟を決めた様に見えました」


 (そりゃまぁ、あの時は必死でしたから・・・)


 火事場のなんちゃらですよ。


 (覚悟というか、どうしょうも無かっただけなんだよなぁ。それにどっちかと言うと、ロリコン回避の事しか考えて無かったわ・・・)


 クラークの説明だと、何だか格好良く聞こえるけど、そんな褒められる様なもんじゃないのだ。


 「は学園に入学するにあたって、何か真剣に悩んでいるようでした。それに不思議な事ですが、このアンファエルン学園に対して強い思い入れがあるように感じましたし、・・・何か知っている様にも見えました」


 (・・・す、鋭いなクラーク!)


 こんな人を騙し通せると思った私がばかだった。


 (そうだったなぁ・・・。あの頃は状況が良く分からなくて、ただただ、自分が良くやってた乙女ゲームの悪役令嬢になってる事に焦ってたわ。ストーリーの先にある断罪とか、ロリコンとの結婚が怖くて、そこから逃げる事だけを考えていたっけなぁ)


 だから、悪役令嬢アリアナが、これまでどうやって生きて来たのか、考える事も無かった。クラークやアリアナの両親達の本当の思いにも気付かなかった。


 (浅はか過ぎじゃん・・・)


 まさに己を恥じよ!

 昔の自分にそう言ってやりたい。あ~も~、情けないったら・・・。


 「そして僕達は何度か話し合った結果、をアリアナとして愛する事に決めました。理由は3つあります。一つは彼女がアリアナの精神を身体に戻し、命を助けてくれたから・・・」


 (いやあ・・・だから、全然覚えが無いんだって・・・)


 命の恩人っぽく言われているけど、私は何もしてない。した記憶も無い。だから繰り返し言われると逆に心苦しくなってくる。


 「そして、二つ目はがアリアナの身体に入って以来、魔力の供給を必要としなくなったからです」


 (えっ!?)


 そう言えば・・・。クラークに魔力を流して貰った事なんて、私がアリアナになってから一度も無かったぞ。


 「アリアナは普通に生活できるようになりました。魔力を流さなくても、頭痛や体調の悪さに悩まされる事も無く、健常な生活を維持できるようになったのです。そして何よりも、早すぎる命の期限に僕達は怯えなくて良くなりました」


 クラークが柔らかく微笑んだ。心からの笑みだと分かる。


 「成程・・・アリアナの身体に大きな精神が宿った事で、身体を維持する力を得たと言う事なのか・・・。だが、それでもアリアナには魔力もも無い。一体どうやって身体に力をまわしているのだ?」


 トラヴィスの問いにはアリアナが答えた。


 「それについては、誰にも分かりませんわ。わたくしの持って生まれた質としか言いようがありません。でも、あの子の持つ強い力は確実にわたくしの身体と心を変えてくれました」


 「心も?」


 「はい」


 アリアナはこくりと頷き、真っすぐトラヴィスを見た。


 「事故以来ずっと、わたくし、この体の中であの子がこれまで経験した事を、全て見たり聞いたりする事が出来ましたの。・・・まるで、夢を見ている様な感覚でしたけど、これが現実だって分かってましたわ」


 「全部・・・見てた?」


 心なしかトラヴィスの声がこわばった気がした。顔も微妙に引きつってる。


 (ぷぷぷっ・・・ねーさん焦ってる。アラサーOLの部分も見られてたって事だもんね)


 やっば、吹き出しそうになってしまった。

 でも、あのトラヴィスねーさんを見た時は、さぞかしアリアナも驚いた事だろうなぁ。


 (ギャップどころじゃ無いもんね)


 アリアナはトラヴィスの微妙な反応に、気付いたのか気づいて無いのか、話しを続ける。


 「ええ、見てましたわ。それで気づきましたの。あの子は服のセンスが無くて、口が悪くて、食いしん坊で、お人好しで、とんでもなく鈍感だけど、・・・他人に対して酷く優しいのです。自分よりも目の前にいる人を大事にするのです。・・・わたくし、最初はそれに反発していましたわ。他人に優しくする事も、される事も嫌いでしたもの。偽善で自己満足だって。優しさなんて、満たされてる者の驕りだって思ってましたから」


 アリアナの口調が強くなった。だけど直ぐに急に力が抜けた様に、


 「・・・なのにあの子は息を吸う様に、自然に相手の事を考えるのですわ。自分を攻撃した者に対してでさえ、直ぐに心を寄せるのです。全く・・・処置無しですわ」


 そう言ってため息ついた。


 (ちょ、ちょっとやめて!私、そこまでじゃ無いよ!? )


 アリアナの言葉に顔が赤くなる思いだった。


 (なんか、めちゃ褒められてない?・・・ん?褒められてるんだよね?・・・いや、最初の方は、かなり貶されてたか・・・)


 「そんな彼女と一緒にいるうちに、わたくし嫌でも分かってしまったのですわ。彼女の優しさは・・・ずっと、私がそうしたかった事なのだって・・・彼女のように生きる事に本当は憧れてたのですわ。だからわたくし、いつの間にかあの子の気持ちに共感していましたの」


 はにかむ様にそう言ったアリアナに、リリーが突然立ち上がると、


 「似てますもの!」


 そう言った。


 「アリアナ様と、あの・・もう一人のはとても似てるんです。その・・・優しい部分が!私には分かるんです!」


 「似てる?わたくしとあの子が?」


 「ええ!」


 「ありがとう・・・」


 アリアナの声が柔らかく震えた。

 クラークはアリアナの手に片手を添えると、


 「それが3つ目の理由なんだ」


 そう言ってアリアナ・・・ううん、私達を優しく見つめた。

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