第85話 紫煙の行方 ー 2

 二本目のタバコに火を点け、清水さんは語り始めた。


「まず桃生敏明の魔術について。これは正直、足取りがほとんど掴めなかった。不審な動きとしては、桃生遥香を魔獣化させた一年半前に、彼が複数回にわたって都内の闇医者の元を訪れてたことかな。でも、その医者が魔術に関連しているのかは不明。事務所も既に引き払った後だったよ。ただ、大きすぎるコアも含め、ボストンバッグにしろアラレアにしろ、彼の魔術には初心者らしからぬ点が多すぎる。予めこうなることを予測した上で、誰かが裏で糸を引いてたって見立ては、ほぼ間違いないだろうね」


「なんのためにそんなことを?」


 幸介が尋ねると、清水さんは困った様子で眉根を寄せた。


 いやまあ。躊躇うようにブツブツとなにやら呟いた後、タバコを手に取り、空に向けて長い息を吐いた。


 気を悪くしたらごめんね。断るようにそう前置きして、言葉を継いだ。


「私見だけど、今回の件は、一種の人体実験だったんじゃないかって思ってる。理由としては、桃生敏明が作った人間ベースの魔獣―――つまりは桃生遥香を意図的に危険な状態に追い込んでること。そもそも、魔獣を作る方法を教えておきながら、パスを繋いで魔力供給する方法を教えてない時点でいろいろおかしいんだ。魔力が得られなければ、魔獣は当然混濁状態に陥って暴走する。でも人間ベースの魔獣は、現代においても数がそういないから、その辺のデータも少ない。そういう意味では、桃生遥香の存在は格好の実験材料だったんじゃないかって思うよ」


「実験……ですか」


「私見だよ。あくまで私見だからね。物的証拠があるわけじゃない」


「……なら、物的証拠のありそうな方はどうです?」


「急かさない。ちゃんと順を追うから。まあ、そっちは二件とも同じ結果だったけど」


「てことは……」


 再びタバコを咥えた清水さんが、幸介の手にある資料を指先で叩く。促されて視線を落とした先には、見慣れた同じ人間の名前が載っていた。


「神奈川県警に入った〇号通報と、君が曾我谷津の森に入るきっかけになったUFOサイトの運営者。両方とも、桃生遥香だったよ」


「はーちゃんが……」


 うん、と清水さんが頷く。


「彼女が、僕たちと君を引き合わせた張本人だ」


 なんとなく。なんとなく、そうなんじゃないかという気はしていた。


 なにしろ都合がよすぎるのだ。今なお秘密基地に入れることを承知していながら、なぜはーちゃんは今回に限ってUFO探しを曾我谷津の森にこだわったのか。


 その根拠は、信憑性が希薄なあのWEBサイトにあった。WEBの情報がオカルト研究会を曾我谷津の森へと誘い、偶然にも幸介が魔獣による殺人事件の現場へ居合わせる結果となった。そして現場には、〇号通報を受けて巡回中のシロがいた。本来なら、魔獣に襲われ殺されてもおかしくない幸介を、やはり偶然にも居合わせたシロが救う結果となったのだ。


 WEBサイトと、殺人事件と、〇号通報。


 この三点があまりにも都合よく重なり合った場所こそが、曾我谷津の森だったのだ。


 偶然も偶然が過ぎれば、そこに何者かの意図を感じずにはいられなくなる。


 そこで幸介が目をつけたのが、WEBサイトと〇号通報だったのである。


 清水さんは言った。


「桃生敏明の自宅PCから、市内のありとあらゆる犯行予定ポイントに関する詳細な情報が出てきたよ。要するに、桃生遥香はそれを知っていた。二件目の事件と自分の魔力状態から、父親が犯行を行う時期もおおよそ推測できていた。だからこそ、敢えて君を事件に巻き込むことで、捜査関係者の保護下に置こうと考えたってところかな。でも彼女は特殊情報局の存在を知らない。だから〇号通報は神奈川県警に入ったんだ」


「でもそれって、完全に賭けですよね」


 呆れた口調で、幸介は笑った。苦笑いだった。


「賭けだよ。それもどちらかと言えば、分が悪い」


 清水さんも笑った。やっぱり苦笑いだった。


「―――だけど、彼女はそこに賭けたんだ。自分の手では君を守り切れないと知っていたから、僕たちにそれを託した」


「……はーちゃんが、魔獣だから……」


 小さく、清水さんは頷いた。


「魔獣は魔術師の命令に絶対服従。でもそれは君も知っての通り、有効範囲の中での話。加えて、桃生敏明の作る魔獣の有効範囲は、おそらく極端に狭かった。曾我谷津の森で君を襲った魔獣を制御できなかったのが、その証拠だよ。あのとき、彼は娘を引き取るために、森の近くの交番に来ていたからね。そしてだからこそ、彼女は有効範囲外にあり、かつ土地も広大で、万が一にも周囲に被害が出にくい大学跡地に身を潜めた。君を安全地帯に逃がしたうえで、自分は魔力を得ず、そのまま死ぬつもりだったんだろう」


 清水さんは言葉を切った。緑の匂いのする風が、頬を撫でていった。


「だが不運なことに、彼女は髪切り魔に襲われた。遺体発見現場は報道されていたから、彼女が魔獣であるということを前提に考えれば、容易にその居場所は想像できたはずだよ。君や、桃生敏明がそうであったようにね」


「……」


 幸介は押し黙った。それから少しの間を置いて、尋ねた。


「敏明さんもそうだったと思いますか」


「思うね」


 間髪入れずに、清水さんは肯定した。


「君の推理は正しかった。それだけの話だよ」


【次回:紫煙の行方 - 3】

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