第55話 4体目の遺体 ー 1
戸倉さんは迷うことなくタブレットの電源を入れた。大丈夫でしょ。確認を込めた言葉を軽く挟み、画像を表示させた。
画像は四件目の遺体写真と現場写真、それに被害者の顔写真だった。
「遺体発見は今日の午前三時頃。通報者は地元の新聞配達員。被害者は
少しの間を置いて、戸倉さんは言葉を継いだ。
「無職でもなければ、身寄りもある人間だよ」
しかし幸介が真に目を見張ったのは、遺体写真の方だった。路上にうつ伏せになって倒れたその絵面は、明らかにこれまで見た二件の遺体や現場とは異なる様相を呈していたのだ。
致命傷であろう首元以外に、遺体の損壊がほぼみられない。加えて、現場写真には急坂と一般の住宅が写り込んでいた。確証は持てなかったものの、ぼんやりと浮かんできた記憶の中で、幸介はその場所に見覚えがあった。
「これもしかして、
「ご明察。地元民なら、この辺の急坂はよく知ってるか。二丁目だよ」
「心臓も抉られてない」
「そっちもご明察」
感心したように言い、戸倉さんが画像を拡大する。言葉を紡ぎながら、細い指先で画面を動かしていく。
「致命傷は首。噛み千切られて出血多量って感じだね。加えて左右の手首にうっ血痕。すごい力で上から押さえつけられたってところかな」
首を傾げたのは幸介だった。
「それって魔獣の仕業なんですか。ひょっとしたら野生動物の可能性だって―――」
「魔獣だよ」
戸倉さんはキッパリと言い放った。
「それだけの確証が、こっちにはある」
タブレットのページを動かす。表示されたのは、遺体の正面襟部分に付着した血痕のアップ画像と、加えてなんだかよくわからない記号の羅列が三列分。
記号の羅列には、一部赤文字になっている箇所があった。
「遺体に付着していた血液は、被害者のものじゃなかった。だけど普通の人間のものでも、ましてや野生動物のものでもない。魔獣のものだったんだよ」
「魔獣の……血液……?」
頷きつつ、戸倉さんは記号の羅列を拡大した。
「魔獣の血液―――正確には血球だけど、そこには独特の魔力反応があるの。一応、それを一般向けに可視化したのがこの図式。上があたしの血液で、真ん中が今回の遺体に付着していた血液。で、一番下が四十六号の血液。赤文字になってるところを見て。あたしのHPの部分が、この子と今回の血液だけMBになってるでしょ」
『Homo sapiens』と『Magic beast』。静かに、戸倉さんは言った。
『人間』と『魔獣』である。
「血液からわかったのはもう一つ。今回被害者を殺害した魔獣は、森で四十六号が接敵した魔獣と同質のコアを保有してるってこと。あのときも、多少の血液がこの子の衣服に付着してたから、そこから最低限の情報は得られたの。物的な魔力の痕跡は、魔術師にとって指紋のようなものだから。今回の件も森の件も、犯人は同一犯でほぼ間違いない」
「どうして魔獣の血が?」
「襲われて、抵抗した際に付着したって考えるのが自然だと思う。ああ、でもこの場合は、被害者が襲ったって表現の方が正しいのかな」
「どういう意味です?」
幸介の言葉を受け、再びタブレットのページが動く。表示されたのは遺留品の写真だった。財布、免許証、煙草、ライター。それからハサミと、長い髪の毛。
「髪切り魔って知ってる?」
「ああ、確か女性を襲って髪を切るってやつ……えっ?」
まさか、と思った。画面に表示されていたハサミと髪の毛を、食い入るように見やった。
その通り、と戸倉さんが言った。
「被害者の指に、明らかに本人のものとは違う長い髪の毛が何本も絡んでたからね。気になって自宅を調べたら出てきたの。これまでの被害女性の髪の毛が。ご丁寧にボトルに入れて、時刻と場所までラベリングして。ありゃ変態だよ。うちのキモ係長以上の変態だわ」
「今回の被害者が、髪切り魔だったってことですか?」
キモ係長の部分は、敢えてスルーして問いかけた。
【次回:4体目の遺体 - 2】
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