第20話 特殊犯罪対策課6係 ー 3

「だがまあ、そこは論じるより思考する方が早いだろう」


 言葉を紡ぎながら、清水さんは上着の内ポケットからタバコの箱を取り出した。その中の一本を机の上に転がし、幸介に問う。


「ここに一本のタバコがある。これを君が吸いたいとしよう。ああ、勿論未成年は吸ったらダメだよ。例え話としてね。で、これを吸うためにあと必要なものはなんだろう?」


「火……ですか」


「そう、火だ。タバコは火を点けなきゃ吸えない。では火を用意しよう。君の手にはライターがあるとする。しかし魔術で火を点けることもできる。君はどっちの方法を選ぶ?」


 一度言葉を切り、ただし、と清水さんは付け加えた。


「魔術を使うために必要な魔力は、生命力だ。厳密に言えば異なるが、突き詰めてしまえば寿命みたいなものだ。さあ君はどうする? 寿命を削って魔術を使うか、それともワンタッチで便利なライターを使うか」


 あ、と思った。そういうことかと理解した。


 ポカンと口を開けた幸介を見て、清水さんは満足そうに頷いた。


「魔術はね、便利な反面、使う側のリスクが大きいんだよ。魔力の制御は難しいし、会得するにも時間がかかる。昔は、人も当たり前のように魔術を使って生活を営んでいた。けれども科学の発展が、そこに待ったをかけた。火を点けたいならライターを使えばいい。空を飛んで移動するなら飛行機を使えばいい。無駄な魔力を使わなくなった人類は、医学の進歩に後押しされるようにして飛躍的に寿命を延ばした。これが、現代において魔術が置かれている状況。要するに、コスパを優先したってこと」


 清水さんの口調は得意気で、しかしどこか寂しそうでもあった。幸介には、彼の感情に秘められたものを読み取ることができない。だから頷いた。なるほど、と言葉を添えた。


 だが言葉通りに理解できたのは、魔術のことだけではなかった。それは清水さんや戸倉さん、そして魔獣と呼ばれた少女の属する組織のことだった。特殊犯罪対策課。その言葉の意味が、ようやくここで繋がった。


 確信を得た口調で、幸介は言った。


「だけどコスパを無視すれば、魔術にはとんでもないこともできる。だからそれを防ぐために、魔術専門の警察みたいな組織がある。それが、特殊犯罪対策課」


「大正解!」


 清水さんがパチンと指を鳴らす。


「ちなみに僕たち六係は、魔獣事件専門の部隊。だから、いきもの係ってわけ」


「蔑称だけどね」


 呆れたような声色を放ったのは戸倉さんだった。


「今時コスパ最悪の魔獣事件なんて、相当なアホがやらかさない限りそうそう起きやしない。だから暇人部隊のいきもの係。そんなふうに呼ばれてる」


 席を立った彼女は、やれやれとばかりに頭を掻きながら係長席に歩み寄り、幸介の眼前に一枚の書類を差し出した。


 書類には署名欄と共に、『捜査協力同意書』の文字がでかでかと印字されている。


 なんですかこれ。そう幸介が問う前に、戸倉さんは言葉を継いだ。


「ここからが本当に本題。小田原の事件は知ってるね?」


 事件というワードを耳にして、思い浮かべたのは勿論髪切り魔のことではなかった。


 幸介は森で死体を見た。戸倉さんにもそのことを話している。故に、そこから導き出される推測は一つだった。


「変死体の件に、僕が見た死体も関係しているってことですか」


「その情報をどこまで教えられるかは、あんたの返答次第」


「……どういう意味ですか」


「無料版はここで終わりって意味だよ」


 言葉を切り捨てるように放った戸倉さんの指は、机の上の書類を指していた。


 そこに記された文字列を追うように、幸介は呟く。


「捜査……協力……」


「悪い話じゃないと思うよ」


 戸倉さんは言った。


「係長の言う通り、森であんたを襲ったのは魔獣だ。そしてあんたは、魔獣が人を殺す現場を目撃してる。さて、もしもあたしがそいつらの飼主だったとして、あんたをのうのうと生かしておく理由があると思うかい?」


 思い浮かんだ言葉は、口をついて出た。


「……口封じ」


「あんたが丸裸のままなら、ね。そういう方法を取られることもあるだろうさ。だけどあんたの側に優秀な護衛がいるとなれば、話が変わるだろう?」


「護衛?」


 言葉と共に鳴り響いたのは、椅子を引く音。


 視線を向けた先で、魔獣と呼ばれた少女が立ち上がっていた。


【次回:特殊犯罪対策課6係 - 4】

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