第四話

 四


 二人の報告を聞いて、メンバーとスタッフ一同は被害者のいるコテージへ向かった。

 コテージの手前で、萌香の連絡を受けて駆けつけた四ノ宮ら四人と合流する。

 玄関ポートの短い階段を駆け上がり、開いていた玄関ドアからリビングを覗いた。

 十畳ほどのリビングの奥の方にはキッチンがしつらえてあり、入口の右手には調理器具や食器が収められた棚がある。

 中央にはテーブルと椅子が数脚。

 その他、電子レンジ、炊飯器、冷蔵庫など自炊用の設備も整えられていて、液晶テレビも備わっている。

 左手奥の方に通路が伸びていて、トイレや浴室につながっているとみえる。

 リビングの隣は寝室で、その寝室と隔てる一面が真っ白な壁には汚れひとつないが、その壁にはめ込まれたドアのノブには、血がべっとりとついている。

 だが、それ以外に、転がった椅子や横倒しになったテーブルなど、格闘の跡を物語る異変はない。

 これはおそらく、加害者の一方的な攻撃に終始したからだろう。

 そのような状況を見届けると、一行は玄関から出て、建物の裏手に回った。

 裏手は寝室になっていて、深川たちが立っている建物の背後から見て、正面と左手には窓がある。

 この左の方が、萌香と向日葵が目撃した窓であった。

 明かりは点灯したままだが、カーテンが閉められているせいで、中の様子はうかがえない。

 また、両方の窓には内側から鍵がかかっていた。

 住居侵入を犯してまで踏み込むか、まずは警察に通報するかで議論になった。

 目撃の状況からいって、被害者はすでに力尽きていると思われたが、万が一でも助かる見込みがあるなら思いきって踏み込むべきだとの意見が優勢に立った。

 結局、ふたつのうち大きい方の正面の窓ガラスを地面に落ちていた石とハンカチで三村が割り、施錠を解いて足を踏み入れた。

 続いて二葉、その後にディレクターの佐賀と深川が、その次には果敢にも神希が続く。

 思わず深川が呼び止める。

「ちょ、ちょっと、君は入らない方が…」

「いいのいいの」としれっとした様子の神希。

 決していいとは思わないのだが、さも当然とばかりの口調に、何となく深川はそれ以上引きとめる気が失せた。

 一方、当たり前の反応であろうが、四ノ宮や一戸、その他のメンバーやスタッフは一様におそるおそるといった体で、窓外にたたずんでいる。

 八畳ほどの寝室の中央にはベッドが一つ。

 室内のドアは施錠されているのが視認できたが、そのドアとベッドの間、ドアからは二mほど離れたフローリングの床に、作業着姿の男が仰向けに倒れていた。

 頭頂部から真っ赤な血がにじんで流れ出しており、頭部の下の床に小さな血だまりを描いている。

 一見して、手の施しようがないとわかった。

 血は、両手の指と手のひらにもこびりついていた。ドアノブも同様である。

 また、ドアノブから死体が倒れている位置までの間にも、血痕は続いていた。

 その他には血の痕跡は見られないが、ドアに背を向けて左手奥の壁際には、金属バットが転がっていた。

 その金属バットの付近の壁、床から一八〇㎝ほどだろうか、その壁の一部は何かが勢いよくぶつかったように、丸くへこんでいる。

 リビングから寝室に飛び込んでいったバットが衝突してできた傷に違いない。

 これが凶器に違いないと思いながら、屈んでまじまじとその金属バットを深川が見つめていると、そのバットを握る部分、つまりグリップには、直径五㎝ほどの血痕が付着しているのに気づいた。

 ふと気配を感じて横を見ると、神希もその血痕を興味津々といった表情でみつめている。

 そのとき、「とにかく」という二葉の落ち着いた声が室内に響く。

「ここから出よう。もう死んでいるのは明らかだ。オレたちにできることは何もない」

 この場を取り仕切るのはオレしかいない、といわんばかりのいかにも自尊心が強そうな二葉らしい命令的な語調だった。

 そんな二葉の威圧的な姿に従うような形で、室内にいた一同は、ぞろぞろと戸外へ。

 外で様子をうかがっていた人々に、ディレクターの佐賀が寝室の様子を簡潔に伝えると、静かではあるが大きな動揺が波打った。

 全員が一列になって無言でコテージの側面を回って、玄関に向かう。

 そのとき、列の中ほどを歩いていた「ネバーランド ガールズ」のひとりのメンバーが不思議そうな声をあげた。

「あれ、なにこれ? なんか書いてある」

 近くにいた深川はそちらに向かい、そのメンバーの指さす方を見る。

 コテージの壁に、A3版の白色のコピー用紙がガムテープで貼りつけてあった。

 地面からちょうど一メートルほどの高さである。

 その用紙には、太い黒マジックペンの殴り書きで、縦にこう記されていた。

「ケイサツニツウホウシタラ、アイドルヲコロス」

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