そして推理小説になった

モグラノ

密室の桃太郎

一、

 退屈で人を殺す。

 

 ペンの動きがピタリと止まった。はたと首を傾げ、書いたばかりの文章を読み返してみる。随分と物騒な話になったものだ。これだと猟奇的な殺人犯になってしまう。違う違う、そうじゃないやと再びペンを走らせる。


 退屈は人を殺すだった。


 外野から余計な茶々が飛んでくるものだから気を取られ、書き損じてしまったようだ。正しくはこうだよこうと何度か頷いてみるものの、どちらにせよ物騒な事に変わりはなかったかと鼻白む。


 けれども好奇心ですら猫を殺すのだと聞く。なら退屈も人くらいは殺しておかねば立つ瀬がないのだと屁理屈をこねておいた。放課の時間、部室で暇をつぶしていたぼくは隣の席へと視線を這わせた。


 学ランに身を包み、まくった腕をむんずと組む図体のでかい男。大河原おおがわら重吾じゅうごは小さな椅子に身体をぎゅっと押し込め、こちらに野次を飛ばして睨みを効かせる。ならばとこちらは声高に宣言した。


「何度も言っているだろう、大河原くん。ぼくこと、越後えちご信之介しんのすけは足を洗ったんだ」


「やかましい。足を洗った程度で一体それがどうした。俺なぞ、体も洗えば頭だって洗うわ」


 ぼくも洗うに決まってるだろ。という言葉をぐっと飲み込んだ。危ない、これは重吾の小癪な策に違いなかった。


 うっかり反論なんてしようものなら、

「その攻撃性こそが、お前の本性よ」

 とまるで鬼の首を取ったように大っぴらに騒ぎ立てる事だろう。


 このまま乗せられたのなら奴の思う壺。そうなると、真に癪である。小生意気にもこのぼくをハメようとするだなんて。


 中学時代を潔く脳筋で通してきたはずの重吾も、高校一年となるからにはどうやら要らぬ知恵もつくらしかった。何だかそれは忌々しくも憎たらしい。


 おっといけないと、自らを戒めた。


 相手が重吾だと粗暴な一面がひょっこりと顔を覗かせる。野蛮であったぼくは鳴りを潜め、剣を捨ててペンを手にしたのだ。ペンは剣よりも強しと言うけれど、ペンを片手に剣とやり合おうとは思えない。


 要は戦い方の問題なのだ。ペンにはペンの強さがある。ぼくは剣を手放す事で別の強さを手に入れると決めたのだった。広げた大学ノートの上でくるりとペンを回し、わずか一行書いた小説の上へと置く。


「大河原くんは面白い冗談を言うね。ぼくもそのボキャブラリーを見習わなきゃだ」


 余裕を持って薄くほほ笑んだ。その姿を嘲笑い、あろうことか重吾は吐き捨てた。


「何がぼくだ、誰が大河原くんだ。まったく気色の悪い。天上天下唯我独尊、我思う故に世界あり。俺様、上様、越後信之助様ともあろうものが大層な変わりようよな」


「どこの天下人だよ、それは」


 ぽろりと溢れた言葉をサッと手で覆う。いや、いまのはただの突っ込みだったはず。ニヤリと持ちあがる口の端を見ずに済ませようと思い、視線を下へとずらした。


「なあ、昔みたくまた組もうではないか。俺とお前が組めば、怖いものなしだ」


 無骨でゴツゴツとした手が差し出される。おそらくは握手を求めての事だろう。確かにぼくらは中学時代を共に過ごし、よくつるみもした。


 身体がでかくて力の強い重吾と、多少は口と頭の達者だったぼくとは相性が良く、ちょっとばかしは周りから畏れられる存在だったりもした。怖いもの知らずだった。それは文字通りの意味で。


 怖い物を、知らなかったのだ。


 つまりはバカだったのだと思う。知らないというだけで怖い物ならあった。ぼくは そこに気付くのが少し遅れ、怖い物を目の辺りにしてようやく気が付く事が出来た。重吾はまだそれなや気付いてないと見える。


 もう組む気はないよとそっぽを向いた。顔を背けた所で言葉はぼくを逃さない。


 耳も塞いでおけば良かったなと思うけれどそうはいかない理由があった。ここ文芸部の部室へと近付く足音を、聞き逃さないように努めなければならなかったのだ。

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