第二次日露戦争〜星火燎原〜

JSSDF

間宮事件

第11海宝丸

2018年2月28日03時34分

間宮海峡

漁船『第11海宝丸』


荒れ狂う海の上で漁船の通信員、橋本はヤマハ無線機のレシーバーに向かって叫んでいた。

「こちら亜港(アレクサンドロフ=サハリンスキー)漁協所属、『第11海宝丸』!現在本船はロシア沿岸警備隊による発砲を受けている!現在位置は北緯51度35分!東経141度30分!船員2名が負傷!繰り返す!現在本船はロシア沿岸警備隊からの攻撃を受けている!!」


それを言い終わるか終わらないうちに、ロシア沿岸警備隊が再度発砲した。


「うおっ!」


重苦しい銃声とともに30mm機関砲弾が舳先を掠め、50mほど離れた海上に着水する。


「クソッ!やりたい放題やりやがって……!」

砲弾が船から外れたことに安堵しつつも橋本が叫んだ。

「だいたい、ここは日本の領海だぞ……なんの権利があって……」


橋本の呟きに答えたのはベテラン船長の松平だった。


「この海域は昔からそうだ、親父やじいさまに昔から耳にタコができるくらい聞かされたよ」


仲間内から「将軍」と呼ばれる彼は、余裕をもった口調ではあったが、しかし真面目な顔つきで言った。


「露助は北樺太を未だに諦めていないんだ、北樺太を喪ったのは自業自得なんだがなぁ」


松平のその言葉を聞いて、橋本の脳裏に昔習った歴史の授業が浮かんだ。


1943年2月14日のいわゆる『バレンタイン講和条約』により日本と連合国側が停戦し、同年4月頃から日本軍が各地から撤兵を開始。


6月頃から樺太・千島からも少しづつ撤兵が開始され、防御が手薄となりつつあった。

その隙を見逃さなかったのが当時のソ連である。


同年7月16日

ソ連は『日ソ不可侵条約』を一方的に破棄、それと同時に南樺太・千島・北海道への侵攻を開始した。


戦局は圧倒的ソ連側優位とみられていたが、折しも米領アラスカから内地へと帰投中だった戦艦『伊勢』旗艦の艦隊が千島沖に、加えて千島・樺太方面からの撤兵支援のため、呉から樺太へと向かっていた戦艦『大和』旗艦の艦隊が北海道沖に居合わせたために、ソ連軍上陸部隊は日本の地を踏むことなく海に散った。


さらに、いわゆる『50°線』を越えて南に侵攻してきたソ連軍部隊も、極地試験のために 南樺太に配備されていた極地型の『三式重戦車』や『試製砲戦車』『試製十五糎自走砲』によって機甲戦力が壊滅。

機甲戦力が壊滅したソ連軍は、歩兵を全面に押し出して人海戦術で戦線を突破しようとしたものの、日本軍の周到な罠に陥り、日本軍が予め設定していたキリングゾーンで次々と全滅した。

それでも、生き残った部隊は作戦行動を続けたが、仕上げと言わんばかりの日本陸海軍による航空攻撃によって、ついにソ連軍侵攻部隊が事実上全滅したのである。


侵攻開始後、わずか1週間足らずで作戦に参加した部隊が壊滅したことに激怒したスターリンは、さらなる戦力の投入を行おうとしたが、時のアメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトが、レンドリースの停止など様々な外交カードをチラつかせたことや、これ以上、対日戦線へ戦力を投下した場合、ウラル山脈西方まで押されている対独戦線に影響が出てしまうため、やむなく対日侵攻作戦を停止せざるをえなかった。


その後、スイスを介した交渉によって、ソ連は北樺太を日本側に割譲することとなり、1944年1月1日をもって北樺太は日本領となった。


ほんの短い時間、橋本が思いを馳せていたその時だった、『ドン!』というそれまでよりもさらに重苦しい発砲音で橋本は我に返った。


船の左側で、一際大きい水飛沫が上がる。


「なんだ今のは?!」

橋本が叫ぶ。


「主砲か、奴さんとうとう痺れを切らしちまったらしい」

松平が渋い顔をしながら答えた


「アイツはクリヴァクⅢ級、100mm砲を積んでいます。当たったら無傷ではすみませんね」

と、操舵室にいた船員の1人が答えた。


「君は……佐倉くんだったか?よく知ってるな」

松平が感心したように尋ねると佐倉は

「あれ?言ってませんでしたか?自分は以前海軍にいたことがありまして、そこで覚えました」

と、彼は双眼鏡を覗きながら言った。


松平が口を開きかけた刹那、佐倉が

「ロシア船、発砲!」

と叫んだ。


松平はそれを避けようと、操舵員に回避を命じたが次の瞬間には船体を銃弾が叩く音が響いた。


そしてそれから間を置かずにその内の一発が操舵室の窓を破って天井に当たり火花を散らした。

破片が中にいた若い船員に当たった。


松平は腕を撃たれた船員を手当するよう佐倉に命じ、自身は破れた窓の塞ぎにかかった。


2月末だというのに、窓から吹き込んでくる風は酷く冷たく、まるで身を切られるような寒さだった。


橋本は寒さに震えながら「海保はまだか……」と呻き、レシーバーを手に取った。



そして彼は見た。

ロシア船の主砲が光るのを。













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