碧蒼

入峰宗慶

碧蒼

 テーブルの上に、小さな、大きさで言えば卵くらいのバルテルがある。

バルテルはよく泣く。

バルテルはたまに爆発する。

バルテルは噛みつく。


バルテルを本棚にある本と本の間に飾ることもある。

そこに放置したまま、数年忘れていたこともあった。

このバルテルは、僕が幼稚園の頃にはすでにあった。

40年たった今でも、まだ存在している。


母に聞いてみると、祖母の代にはうちにあったと言う。

いつの頃からあったかは不明だ。

もしかしたら、江戸時代からもあったのかもしれない。

これが何のために存在しているのかは知らない。

ただ存在だけしているのだ。

今まで誰も気に留めることもなく、ただそこにあったのだ。


僕は興味本位で、バルテルを外に持ち出した。

バルテルは悲鳴を上げた。

耳を劈くような高音の悲鳴が、町内全てに響き渡るくらいの悲鳴だった。

僕は思わずバルテルを投げ捨てた。

バルテルはまるでガラスが割れるかのように飛散し、欠片はアスファルトに溶けていった。

何世紀もうちにあったバルテルは、たった一度外に出しただけで消えてしまったのだ。


なんと言うことだろう、興味本位で何も考え無しの行動で歴史の一つが潰えてしまったではないか。

僕は急いで家に戻り、母にその旨を話したら、特に母は何も言わず、リビングの棚を開いた。

そこにはバルテルがあった。

母は「この程度じゃバルテルは消えないよ」と諭してくれた。

僕はホッとした。


しばらくして、バルテルを投げ捨てた場所へ向かうと、そこのアスファルトは溶けて、その下にあった土がむき出しになっていた。

そこはまるで毒沼のようにおどろおどろしい色で、何かがうごめいていた。

しかし誰も気にも留めていない。

誰もがそこを踏み歩き、靴にヘドロのような汚泥をつけても気にしないのだ。

その汚泥は靴から裾を通り、身体を這い、やがて顔にまで巻き付いていた。

けれど、誰もが気にしていないのだ。


バルテルは変わらずそこにある。

バルテルは侵食していく。

バルテルは天まで伸びていく。

バルテルは真っ青な空になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

碧蒼 入峰宗慶 @knayui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る