第三十八話 霧包みの塔
ヤコと合流する前のエルマのナビによれば昇降機までの距離は一時間程度との事だったが現実には姿が見えてくるまでが一時間とちょっとかかり、そこから辿り着くまで更に一時間以上かかる事になってしまった……昇降機のその巨大さ故に距離感がおかしくなったのだろうか? 疑問は尽きないがマップに間違いは無い筈だし、何だか妙な気分だ。
「……凄い、けど……いくら何でも大きすぎるよね」
「ホントねリリア……上の方なんてもう何も見えないわ」
腰が痛くなる程に見上げて昇降機の昇る先を視線でなぞるが途中で霧のようなものがかかっておりそこから先を見る事は出来ない、目の前には低い柵で囲まれた正方形の昇降機が鎮座しており更にその横に一定の間隔で同じような台座がここから見えるだけでも五台ほど見える、一体どれがどこに続いているのやら……そもそもこんなにも巨大な塔であればもっと離れた位置からでも見えそうなものだ、考え事をしながら走っていたせいか正確な位置は掴めないがある地点を過ぎたあたりから塔の方から急に姿を現したような……首を傾げながら振り返ってみると後方が薄く霧に包まれていた、どんな仕掛けなのかは分からないがこの霧が塔との距離感や塔自体を隠す仕掛けのようだ。
再び塔を見上げて大きく息を漏らす、別に引き返す気も無いがこれでは帰り道すら分からないではないか。
「何が何だか分からないけれど……とにかくこれに乗れば上に行けるのよね、エルマ?」
「恐らくは……僕もこんなに巨大なものは初めて見ましたが、昇降機である事には違いなさそうですし導力もちゃんと生きているようです。どうしてこんなにも大きな魔力に今の今まで気が付かなかったのかという疑問は尽きませんが……」
エルマの見上げた先を見ると確かに昇降機が昇っていく柱の側面には一定の感覚で大きな魔石灯が設置してありゆっくりと点滅を繰り返している、佇んでいるだけで威圧感と魔力の塊のような可愛げの無い塔だがそれ故に雨からのダメージは殆ど受けていないように見える、意を決して柵を飛び越えてヘイズごと昇降機に乗り込む。
ヘイズは浮遊しているので例えボロボロの建物の中でも走行可能だが床についたブーツの底から伝わる重厚感が半端ではない、仮に屑齧りが乗ってもこの昇降機は悠々と動きそうだ。
「それで……乗ったはいいけど、操作盤はどこにあるのかしら……?」
甲高い反響音を響かせながら広い昇降機内を見回すがそれらしい装置が見当たらない、首を傾げているとエルマが床のある地点に移動してこちらに振り向いた。
「ティスさん、恐らくここです! こっちに来てもらえますか?」
「ええ、今行くわ」
エルマに呼ばれた方へと移動すると、不意に空中に文字の書かれた立体映像が現れた。
ただし同時に四つも五つも現れたのでどれがどれやら分からない……とりあえずは適当に目についた文字列からなぞっていく事にする。
「ええと……『当昇降機の積載荷重について』? 関係無いわね、『有事の際には』……今が有事よ」
他にも火気厳禁やら危険物がどうとか……そんなのわざわざ書く程の事なのかと問いただしたくなるような事ばかり書かれており、何だか気疲れしながらも文字列をなぞっていくとようやく目的のものに辿り着いた。
「あった……『最上層・F区画』、これね」
F区画というのが何を指しているのはよく分からないが最上層である事には違いないだろう、『起動』と書かれた文字に指をかざすと一瞬昇降機が左右に揺れた後にゆっくりと上昇を開始した。
「見てお姉ちゃん、もう地面があんなに遠くに!」
興奮するリリアを宥めながら軽く顔を柵から覗かせると確かに今までいた地表が既に遥か遠くになっていた、吸い込まれそうな風に髪がはためく……ここまで来て落ちました、なんてのは笑い話にもならないと顔を出すのを止めて昇降機の中央に停めたヘイズに背中を預けて腰をおろす。
「ただまぁ……残念と言えばいいのか良かったと言えばいいのか、ヤコの姉弟は恐らく最上層へは行ってないわね」
「え?……どうしてそう思うの、お姉ちゃん?」
「ヤコ達はここの言語は分からないからね、あれだけの無駄な警告の数から起動スイッチを押したとは考えにくいもの」
「確かにそうですね……であれば探索範囲が狭まったのでむしろ良い事ではありませんか?」
「まぁそうなんだけどね、でも私達が見つけてヤコの元へ連れて行ってあげたら恩を売れるじゃない? そうしたらきっとまた全身を撫でまわしてもいいって言ってくれるかもしれなかったじゃない……!」
両手の指をせわしなく動かしながらあの柔らかな感触を思い出す……別れてから半日も経っていない筈だが、もうあの触り心地が愛おしい。
「……元々いいなんて一言も言ってなかった気がするけど」
「ええ、終始嫌がってましたね」
二人の冷たい言葉が突き刺さる、そんな二人をジトリと睨みつけ……口元を緩ませながら小さくため息をつく。
「何にせよ……生きていてくれさえすればいいわよね、ヤコ達も……行方不明の子達も」
「そうですね……僕達を含めて十二人、もう誰も失いたくありません」
私達ホムンクルスが食事も水の一滴もとらずに生きていける限界はおよそ五十日程度、行方不明の子達が
ふと気がつけば辺りは真っ白な霧に覆われていた、下からも見えていた霧の層に入ったようだ。
「寒くなってきたわね……エルマ、こっちにおいで」
手の中に飛び込んで来たエルマを抱えながらヘイズの収納箱の中に入っている毛布を取り出して纏う……体を丸め、体温を逃がさないように小さくなりながら周りを見るが視界が悪く何の情報も得られない。
ふと目に違和感を感じて片手で拭うと冷気が染みたのか目の端に滲んだ涙が凍り付いていた。
「だ、大丈夫ですかティスさん……?」
「ええ……このぐらい平気、ただ私は大丈夫だけどヘイズが心配ね……機関部が凍ったりしないといいけど」
チラリと後ろを見るとヘイズの表面には既に薄く霜が張っていた、駆動機関のどこかが凍り付きでもしたらしばらく起動出来なくなってしまう……しかし今は身を寄せる以外どうする事も出来ず、どうにか耐えてもらうしかない。
「っ……お姉ちゃん、上見て! 何か光ってる!」
そのままどれだけ上昇しただろうか、不意に大声を張り上げたリリアの声に驚きながらも顔を上げるとそこにはオレンジ色の光の筋が網目状に広がり空を覆っていた。
「何よ、あれ……エルマ、分かる!?」
「解析……魔力を持っている事は分かりますが、既存の情報にありません!……この距離では危険性の解析も間に合いません!」
「くっ……!」
顔をしかめ、腰に仕込んでいたナイフの一本を投げつけるが投擲したナイフは網目を貫通し……そのまま地表に向けて落下していった。
「物質的なものじゃない……? 何なのよ、あれは!」
徐々に網目が近付いて来る……逃げようにもここは遥か上空、飛び降りたところで無事に着地出来るとはとても思えない。
歯を食いしばり、私が最後に出来たのは両腕でエルマとリリアを抱き締めて庇いながら体を丸める事だけだった。
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