第2話 親友のカミングアウト

「それにオペラ会場ですか? 確かにおふたりと同じ日時でオペラを鑑賞いたしましたわ。一般の観客席を挟んで反対の貴賓席から。そうそうおふたりが見られていないと思ってイチャつく姿も、始終拝見しておりました。あんなところで……あ、むしろあんなところだから興奮したのかしら? ふふふ、盛りのついた猿に見えて、笑いをこらえるのが大変でしたわ。それに端と端にある別の階段を使っていたのに、どうやって私がマリアを突き落とすのでしょう?」


 最初はポカンとしていた王太子殿下は、おふたりの様子を語り出したところで真っ赤な顔で震えていたけれど、最後の私の疑問に返す言葉がないようだった。

 マリアは鬼のように真っ赤に顔を染めて、私をきつく睨みつけている。


「それからドレスを切り刻んだと言っていたけれど、切り刻まれたのは私のドレスですわ。王太子殿下から贈っていただいたけれど、趣味に合わないものだったから処分してくれて助かったくらいよ。ありがとう、マリア」


 ドレスに関して説明している段階で、ふたりの間に拳ふたつ分の距離が開いた。王太子殿下は少しショックを受けたようだったけれど、いったいどこに傷ついたのかよくわからない。

 そうして私は満面の笑みを浮かべて、すべてに反論してやった。


「あら、私としたことが証拠をお見せしていなかったですわね。オペラの時の映像がここに……」

「わかった! わかったから!! 証拠など不要だ!!」

「残念だわ、とてもよく撮れていたのに」

「というか、お前はなぜそんなにも笑顔で反論してくるのだ!? 普段からそのように笑えばいいだろう!!」


 王太子殿下の疑問はもっともだけれど、それも婚約を結ぶ際に説明している。もともと王家がセドリック家の影響力を取り込みたくて打診してきたもので、とにかく嫁いできてくれればなんでもいいと言ったのは、国王陛下だ。


「あらあら、そんな残念な頭では十年前の父の説明など覚えていないのでしょうね」

「なんだと!?」


 隣にいるマリアも意味がわからないといった様子だ。


「私、笑顔で嘘がつけませんの。それはもうお世辞すら言えないほど、本心をポロポロとこぼしてしまうのです」

「だ、だからなんだというのだ……?」

「よろしいですか、貴族社会において、腹の探り合いなど日常のことです。そんな中で本心をこぼしまくっていたら、たとえセドリック公爵家といえども無事ではいられません。ですから私は笑顔を封印したのです。このことは婚約の際にもご説明しております」


 私は不器用さゆえ、今までお父様に散々迷惑をかけていた。

 それは『このドレス似合ってないですね』や『ああ、カツラだとバレバレです!』、『叔父様と一緒に歩いていた方は愛人ですか?』など、とにかく微笑んだだけでも嘘をついたり隠し事したりできないのだ。


 幸い子供の言うことだからと流してもらえることもあったけれど、一向に改善しない私の様子に笑顔を封じるよう家長として命じたことで、父にはどれほど心労を与えたことか。


 それでも二年前に本音で語れる親友と呼べる存在に出会い、これまで耐え忍ぶことができた。私の中ではこの親友の存在が本当に大きかった。


 私は笑みを浮かべたまま、本音という毒の花を咲かせる。


「それにしても、このような場所で婚約破棄してくださってありがとうございます。私のことを蔑み続ける婚約者も、嫉妬や妬みで噛みついてくる義妹も不要でしたので、ゴミ同士くっついていただき助かりましたわ。それでは、もうよろしいですわね? 貴重な時間を無駄にしたくありませんので、これで失礼いたします」


 私は心のヘドロをすべて吐き出し、スッキリとした面持ちで会場を後にした。






「——ということがあったのです」

「くくくっ……本当にアリアナ嬢の話はいつ聞いても面白いな。くくっ……ははははは!」

「もう、笑いすぎですわ。リオン様」


 婚約破棄から一週間後、セドリック家の中庭にある東屋で私は親友をもてなしていた。

 セドリック家は代々薬学を極めてきた家系で、各国から医師や薬学専攻の学生が集まってくる。この日も父のもとへ訪れたついでに、親友であるリオン様が私に声をかけてくれたのだ。


 リオン様と出会った二年前、私はどうしても抑えきれない本音を、中庭でこっそりと発散していた。そこをうっかりリオン様に見られたのがきっかけで、今ではすっかり打ち解けお互い素を出して接している。


 唯一私が笑いながら毒のある本音をこぼしても、丸ごと受け止めてくれた貴重な存在だ。だからいつも丁重におもてなししていた。


「はあ、でもよかったじゃないか。あのクソ王太子と別れられて」

「まあ、それはそうですわね。あのままでは、地獄のような結婚生活を送る羽目になっていましたわ」


 そうだな、と言ってリオン様は優しく微笑んだ。

 風になびく白金色の柔らかそうな髪、眩しそうに細めた瞳は新緑のように鮮やかで。スッと伸びた鼻梁、艶のある唇は優しく弧を描いていた。私のような不器用な人間にも優しくしてくれるし、相当貴族令嬢に人気があるだろう。


 あまりご自身のことを話したくないようで、もっぱら私の吐く毒を聞いてくれる心の広いお方だ。まだお若いようだからきっと薬学専攻の学生なのだろう。身なりはいいので貴族のようだけれど、次男や三男なら身を立てるため手に職を持つことは珍しくない。


 リオン様に婚約破棄されたと話したら「詳しく」とせがまれたので、お茶を飲みながら一連の騒動を説明していた。義母と義妹はすでに屋敷から追い出され、どこへ行ったのか父は教えてくれなかった。王太子殿下は騒ぎを起こしたとして廃嫡され、王妃様の実家へ避難したと父から聞いた。


「では、アリアナ嬢は今フリーということで間違いないな?」

「ええ、今どころかこの先もずっとフリーだと思いますわ」

「そうか、だが、もたもたしていて攫われてもいけないし」

「攫われる? なんのことでしょう?」


 私をジッと見つめるリオン様の瞳には、今までのような穏やかな光はなく、燃え盛る炎のような熱が込められていた。


「アリアナ嬢、俺の妻になってほしい」

「えっ!? 冗談はやめてください。リオン様ならその美貌でご令嬢は選び放題でしょう? わざわざ不器用な上に傷物の女に言い寄る意味がわかりません」

「そんなの、好きだからに決まっている」

「はあ!?」


 ありえない、笑ったら毒を吐く女なんて需要があるわけない。最近では嫌味な言い回しに磨きがかかり、より毒気が増しているのに!

 それなのに、リオン様がジリジリと私と距離を縮めてくる。ついに鼻先が触れ合うほど目の前に来てしまった。


「あの花が咲くような笑顔で、めちゃくちゃに毒を吐いていたアリアナ嬢を見た時から心奪われていた」

「えええ……リオン様、物珍しかったから、なにか勘違いされただけでは?」

「勘違いで君の婚約をぶち壊したりしない」

「……今なんと?」


 聞き間違いでなければ、私の婚約をぶち壊したと言わなかったか?


「どうやら俺の本気を信じてもらえないみたいだから打ち明けるが、元公爵夫人を唆しマリアをけしかけるように誘導したのは俺だ」


 まさかのカミングアウトがここで来た。確かにかなり短気な元義母がよく一年も我慢したなとは思っていた。それがリオン様の誘導だったなんて。


「どうして、そんなことを……?」

「……アリアナの笑顔を独り占めしたかったから」


 絡み合う視線を外すこともできなくて、リオン様から漏れ出す恋情に晒され続ける。心臓が自分のものじゃないみたいにバクバクと暴れていた。


「それでも元王太子がアリアナを大切にしたなら、引き下がるつもりだった。でも結果は今聞いた通りだ。だから遠慮する必要はないかと思ったんだ」

「遠慮……していたのですか?」

「ああ、こんな風に触れ合いたかった」


 そう言って、リオン様は私の手を取り指を絡ませた。思ったよりも冷たいリオン様の指先から緊張を感じ取る。

 もう唇と唇の間は数センチしかなくて、私は思考が麻痺していた。


「アリアナが好きだ」


 リオン様がこんな策士だなんて知らなかった。でも、求められて嬉しい気持ちもある。こんな風に愛されることなどないと思っていたから、戸惑ってはいるけれど。


「リオン様……」

「俺の妻になってくれるなら、このまま俺のキスを受け入れて」


 そんな言い方はズルいと思う。だけど私は抵抗しなかった。

 そっと触れた唇は驚くほど熱くて、柔らかくて、甘い痺れが広がっていく。離れたかと思ったら、今度は深く貪るように口づけされて、いろんな意味で死ぬかと思った。


「はあ、やっとアリアナを手に入れた。未来の皇妃も決まったし、これから忙しくなるな」

「はい? 未来の皇妃とは?」

「ああ、言ってなかったか。俺はバートレン帝国の皇太子エヴァリオン・ディ・バートレンだ。なにがあっても夫としてアリアナを支えるから安心してくれ」


 バートレン帝国とは、この国に接する大国だ。確かに隣国ということもあって行き来は盛んだけれども、なぜ皇太子がここに!? そしてなぜ、こんな不器用な私を妻にすると!?


「これは重要な事実の隠蔽にあたるので、先ほどの返事は撤回いたします!」

「アリアナ、もう絶対に離さないからあきらめろ」


 そうしてまた私の唇を塞いだリオン様に逆らうことなどできない。

 私はリオン様の策略にハマり、見事に絡め取られてしまった。


 リオン様が歴代一の愛妻皇帝、私が薬学の母と呼ばれるのはもう少し先のお話だ。




✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎✢︎

『氷の悪女』はこれにて完結です。

リオンもいい感じに腹黒さんでしたねウシシ((≧艸≦*))ウシシ

この作品は気分転換に書いた短編で設定などゆるゆるですが、サクッと読んで楽しんでもらえたら嬉しいです!


少しでも面白いと思われましたら、フォローや★★★などで応援してくださると、今後の執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします<(_"_)>ペコッ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【コミカライズ】氷の悪女は嗤いながら毒の花を咲かせる 里海慧 @SatomiAkira38

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ