第004話 裁く獣、裁かれる獣(4)

 轟音。


 耳からどころではなく身体全体で聞く、身を強張らせ、腑を震わせ、頭蓋を揺さぶる轟き。


 あまりに度外れた衝撃は、廃城にいたすべての盗賊を驚愕きょうがくさせた。


 音の出所を探るという冷静さはなく、ただ恐慌に導かれるままに、各自、武器だけを引っ掴んで居住区から中庭に出る。


 それなりに知恵ある者が思い浮かべたのは、従軍の折に見た投石機である。


 巨大な岩石を投射し、城壁を破壊する攻城兵器。それが使用されたのか、と。


 だが、こんな森深い山奥に攻城兵器を運搬する労力は尋常ではない。


 そんなものを運んでいる『軍』がここを目指していたのなら間違いなく、もっと早くに彼らは察知しているはずだった。


 あるいは、まだ頑丈に見えていたものの、実際には脆くなっていた城壁なり城塔なりが自然崩落した。そんな可能性も考えられた。


 あるいは、あるいは、あるいは。


 恐怖が思考を加速する。駆ける空想、まとまりはなく、埒もない。かつて脅威の姿を夢想する。想定する事態は、数多。様々に翼を広げ、暗い空を飛翔する。


 だが、そんな彼らの想像、凡庸たる道理に則った考えは、―—其のことごとくが嘲笑される。解答は、異常な形で示された。


 がらがらと役目を終えて朽ち果てる塔と、その周辺の城壁。


 そこからと姿を現したのは、――見上げるほどの、それこそ、この廃城の城壁に少し足りないくらいの背丈の、あり得ざる人型。


 唯一そのシルエットが人の形から逸脱いつだつしているのは、右の肩口から伸びる腕が無いことか。


 単に縦に長いだけでなく、比例するように横の幅も広い。素足の形に陥没している地面から、重量のほども伝わってきた。


 ――隻腕せきわんの巨人。


 そうとしか表現できない、化け物。身につけているのは、胸部と腰部を覆う継ぎ接ぎの革覆いだけ。


 青白い肌の下、過剰に隆起した腕と脚の筋肉。月明りのもたらす陰影よってまざまざと浮かび上がる。


 顔立ちは、長い焦げ茶色の前髪に隠れて、確とは伺いしれない。


 ただ、露出した口元、血色の悪いかさかさとした唇は、うっすらと弧を描いていた。


 髪の隙間からわずかに覗く巨大な眼球。それは優しげな、いっそ慈愛と言って良い柔らかな色を湛えていて。


 実際、それは優しいと言えたかもしれない。


 なぜなら、それには呆然とする盗賊たちのように、弱者をなぶる趣味はなかったからだ。


 ただそれにあるのは、己が主人が邪魔と不要と有害と示したものを、人も獣も物も一切の別なく破壊することだけだったから。


 ゆえに。


「こんばんわ……では、ぷちっ、と行きましょう……ぷちっと……」


 大地が悲しげにいななく。


 突如として巻き起こった嵐のごとき暴風。一瞬、盗賊たちは視界を奪われ、思わずその身を強張らせた。


 ――目の前から巨人の姿が消えていた。


 あの巨体である、見落とすなどあり得ない。


 勘の良い者が気付く。なぜか刹那せつなに辺りが暗くなっていた。月明かりがさえぎられた。


 初めに見上げたのは誰だったのだろう。誰でも良い。だって、その場にいて生き残れる命はひとつ足りとてないのだから。


 巨きな剛体が月を背負うよう、空にあって―――当たり前に落下した。

 

 着地した先にあったのは言わずもがな。脚の底部と大地の間で圧搾あっさくされた人体。破裂してまっ平に変わる。これもまた楽に死ねた幸運なケース。


 廃城の中庭にお邪魔した巨人は、思わずはしゃいでしまったのを反省。

 足元には着地の激震にも負けず、わらわらと逃げ出す小さき者たち。


 “さあ、潰れましょう、潰しましょう”


 巨人は、体躯から想像のしようもない敏捷で獲物を捕捉。振り下ろされる破城槌じみた腕と脚。


 大の男たちが桁外れの圧力によって潰れていく。まるで柔らかい芋虫のように。ぷちっぷちっと汚らしい内容物を撒き散らして。ぺしゃんぺしゃんと厚みを無くしていく。


 丁寧に丁寧に一人一人、細心の注意を払って。一撃のもとに天へと返す。御許みもとへ誘う。どうか、彼らの魂が安らかでありますように。


 などど、悠長にやっていたものだから。見た目の派手さに反し、ちらほらと取り逃しが発生している。


 というか、盗賊たちも必死なのだ。仲間を助けるとか、怪物に挑むとか、そういう無駄な考えを一切省いて逃げに徹していた。


 “ああ、なんといじらしい”


 しかし、巨人は焦るどころか目元の笑みを深くした。むしろ小さき者たちの生を求めるたくましさに関心することしきり。


 巨人の主人も常々言っている。


 金も、名誉も、権力も、すべては命あってこそ。


 だから、恥も外聞もなく居住区に逃げ込んだ小さき者をあざけることは、ない。

 

 彼らが入り込んだ建物を破壊することは容易。


 それなりに力を込めて、腕をひと振り、ふた振り、み振り、と続けていけばあっさりと崩れ落ちることだろう。


 だがそうすると、連れ去られた女性たちも諸共に瓦礫の下に埋めてしまう。それはと主人から下命された身。巨人は堂々と命に反するつもりはなかった。


 あと、盗賊の死体が見つからないのもよろしくない。


 なので、ひとまずは混乱に乗じて侵入しているはずの同輩に任せることにした。


「あら、あら、……あらら……ひい、ふう、みい、……ああ、ずいぶん、……お逃げになられて……なんということでしょう……


 慈悲を知る巨人の憐れみは、誰に聞かれることもなかった。


 残念ながら、巨人の同輩は

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