恋とはままならないものなのね

れなれな(水木レナ)

第1話:由美の恋愛音痴

 ‐1‐


「ネットでプロポーズされたから、結婚するぅー!?」

 由美がそう言いだしたのは三月も半ば過ぎのことで、私はエイプリルフールでないのを確かめるために、彼女の使っているウインドウズ7のディスプレイの右下をのぞきこんだ。

 6:39の下に2023/03/23とある。

 エイプリルフールじゃない! 由美、正気かっ!

 マッチングとかしないって言ってたじゃない。怖いからって。

「SNSでそこまでいくの?」

「お金持ちじゃないけれどね。……若いし」

「なにそれ年下? いくつぐらい?」

 若い子なら年上趣味ってことか。私はホットプレートの電源を入れながら、鉄板に乱暴に油をひいた。

「仕事は? 職種」

 切った野菜と肉を大皿ごと持ってくる由美。待ってましたぁ! 割り箸をパシンと割る私。ちょっとこのホットプレート、古めでフッ素加工が取れ始めてるから。

「建築関係。会ったことはないんだけれど、育てがいがありそうなの」

 そういえば、オンラインサロンにもそういうの、いたな。顔しか知らないのにプロポーズしてくるヤツ。

 手元で鉄板がジュウジュウいいはじめた。

 お、食べごろたべごろ。

「もーらい!」

 私は人が焼いた肉をおいしくいただく人なのだっ。

 おろし醤油が口の中でじわるなあ。

「ところでその彼、どういう人なの? 今まで隠してたんでしょ。吐きなさい」

「知らないわ」

 え?

「よっぽど長い付き合いなんでしょ? どこで知り合ったの?」

「だからTwitterで」

「はあぁあ!?」

「価値観が合うの」

「お、おお……それは貴重種」

 由美と価値観あうなんて。私は目を剥いた。

「それは相当手練れだよ」

 でもいたのよ! と、乙女のように頬を赤くして力説する由美。

「プロポーズされたんだもの!」

「どうせまだ出逢ってもいないんでしょう。待ち合わせで見つけられるの? どうやって」

 それに手っ取り早くエッチしちゃえって相手だったらどうするの。いや、そちらの方が確率高いね! 

「写真は互いに送り合ったの。自撮りをくれたわ」

「へえ、どれどれ」

 なんか、見たことあるなあ。

「芸能人の写真を加工したんじゃあないの?」

「さあ、私もプリクラ送ったし」

「なぜに送ったのがプリクラなのよ?」

「だってお化粧が上手くできなくて恥ずかしかったんだもの」

「今どき自撮りアプリだって加工はできるじゃないの。四十こえた初老の女性がさ、プリクラ撮るってそっちの方が恥ずかしいわ」

「いいのよ。結婚したら毎日見られるんだから、最初くらい夢見せておきたいでしょう」

「見せてるのは妄想だけど……逢ったときに驚かれるかもね。こーんな目ぇ、ぐりぐりした少女趣味なプリ見せられて、よくプロポーズなんてしたわ。なんかあるよ、これは」

「なによ! 逢えばいいんでしょ! 逢ってメイクラブ決めてくるわよ」

 ! それはまずい。病気もらったらどうするの。

 鉄板の上で玉ねぎが黒焦げになっていた。

「メイクラブするんなら、相手にもワクチン接種してもらわないとね」

「コロナの?」

「ちゃう、ヒトパピローマウイルス! 継続的におつきあいするんだったら、そっちもちゃんとしなきゃ」

「ああ、そっちか」

 そっちかって、わかってないの?

「あのねえ、不特定多数を相手にしたり、避妊具を使わなかったりすると、病気やガンになるの。憶えておきなさい!」

「おぼえがあるの?」

 由美はきょとんとした。

「でもまあ、SNSで知り合った程度の男性と出逢いからプロポーズまでキメちゃうんだから、むしろ常識の方が必要だけど」

「わかった! 会ってそのへんの事話してくるわよ。それでいいんでしょう」

 がつっと由美が再び箸を握り締めて宣言した。

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