第28話 欲しかった言葉
『もしもし』
「かっ……、金は手に入ったぞ!!」
『そうか、手に入ったか。標的は?』
「な、ナイフで一突き! そ……、即死だったぜ!」
『ククク、最高だな』
「いっ……、今から! そっちに行く!」
『ああ、待ってるぞ』
受取人の身柄を拘束した望は他のメンバーに虚偽の報告をするよう指示した。発信の前に手の指数本を逆の方向へ折り曲げたり数十発殴りつけておいたりと、予め痛めつけておいたのが功を奏したのか素直に要求を呑んでいた。
「……こ、これでいいんだろっ!?」
「ああ。……それで、お前の仲間の場所は?」
望は男に対して質問する。情報を絞れるところまで搾り取り、無事に紗希を救う可能性を少しでも高くする為である。
「……知らねぇ」
「つまらん嘘を吐くな」
「知らねぇよ! 知らねぇ! 知らねぇ知らねぇ知らねぇっ!」
逃げられない様に丸裸にされ、あらぬ方向に指を折られ、倍以上に顔面を腫らされても尚、男は白を切り通そうとしている。こんな小物如きにも仲間意識とやらがあるらしい。
此処で望は一つ記憶を取り戻した。人間というものは痛みに弱い。何の覚悟も持ち合わせていない半端な人間は特に。その威勢が何処まで続くか試してやろうではないか。
「残念だ。なら質問は終わりだ」
「何を――!?」
ポケットからハンカチを取り出し、猿轡をして喋れないようにする。言葉通り質問は終わり、今から始まるのは拷問となる。
「いいナイフだ」
「!?」
望は落ちていたナイフを拾い上げ、刃を街灯の光に翳して切れ味を確認する。刃毀れどころか血液や脂の曇り一つ無い新品同然の武器。それを眼前に突き付けて最終警告だと知らしめたが、喋る気配は無さそうだ。
「!!?」
望は男の皮膚に浅く突き刺すと、そのまま薄く削ぎ落とす。言わずもがな殺さない程度に加減しているのだが、激痛に身を
「――っ!! ――――っっっ!!!」
言葉にならない叫び声を上げようとしているが望の手が止まる事は無い。涙を流している瞳を一瞥した後、悪魔は残っている健全部を見定めて的確に切り落としていく。
「っっ!!!」
「……喋る気になったのか?」
身体の半分程度を真っ赤にさせた望が瞳の奥を覗き込みながら一つ問い掛けてみると、涙やら鼻水やらでグチャグチャになっている男が大きく頷いた。少し勿体無さそうにしながら猿轡を解くと、小物は深呼吸を繰り返して息を整えていく。
「場所は?」
「――此処から……約一キロ南にある……廃墟……」
「数は?」
「七人……」
「そうか。分かった。もういい」
必要な情報は聞き取れたので以上をもって拷問は終了となる。
やっと解放される。助かった。命拾いした。そう安堵している様に見える。そんな淡い希望を命脈と共に断ち切るべく望は髪の毛を掴んで首を弓なりに反らせると、其処に刃を突き付けた。
「ぜ、全部喋っただろ!? こ、殺さないで!」
「殺しておいた方が良いと判断した」
「いやだああああっ!!」
「待て!!」
そのまま頸動脈を掻っ切り、喧しい悲鳴を消そうとナイフを引こうとした瞬間、怒声が響いた。その声の持ち主は、今まで望の拷問をおどろおどろしく静観していた筈の義之であった。
「……辞めろ」
「……旦那様。コイツは旦那様を殺そうとしていた人間です。殺しても問題ないかと――」
「いいから辞めろっ!!」
腹から振り絞って発せられた義之の命令に従い、望は武器を放り捨て、犯人に再び猿轡をして黙らせてから男の方へ振り向いた。命を奪う事に何の躊躇いも無い望に怯えているのか、義之は目を合わせようとしなかった。
望は理解した。やはり自分は異常な存在なのであり、誰からも相容れない存在なのだと。自分はずっと寂しいままで生きていかなければならないらしい。
「……よくやった。もう下がってもよいぞ。後は私が――」
「その件なのですが、旦那様は先にお屋敷に戻ってお嬢様の帰りを待っていて下さい。……お嬢様は寂しがっていました」
望はそう言って乱雑に放り捨てていた受取人の身包みを着ていき、中身を空にしたケースを手に取った。少しでも不意を突く為の策なのだが、義之は不可解そうに見つめていた。
「……何のつもりだキサマ」
「一つ思い出しました。俺の手は誰も取ってくれない、真っ赤に穢れた手なのだと。俺は真っ当な人生を歩む事なんて出来ない存在なのだと。……少しの間でしたが、御世話になりました」
「おい待てっ!!」
義之の制止を振り切り、望は駆け出す。これでいい。ほんの僅かながらに分不相応な夢を見る事が出来た。これ以上何を望むというのだ。
男は改めて気を引き締めた。今はただ、寂しい感情に打ちひしがれている彼女を救う事だけを考えればいい。例えそれが血で血を洗う方法だとしても。
※
「空っぽ……!? おい!! お前どういうつもり——」
予想通り、敵は烏合の衆に過ぎない。判断が遅い男の腹目掛けて蹴りを入れて吹っ飛ばし、更に判断が遅い残りの六人を処理して動きを鈍らせた。その間に奥の方に居る紗希の方へと真っ先に向かい、状態を確認する。
「申し訳ありません、お嬢様。迎えが遅くなってしまいました」
「……!」
口端には血の滲み、極め細やかな髪は搔き乱され、頬は真っ赤に染まって腫れ上がっている。こんな子供相手に振るっていい仕打ちではない。つまり、遠慮は必要無いという事だ。
「酷い怪我だ……。直ぐに終わらせます。俺にお任せを」
そう告げて望が振り返ると、唸り声を上げて突撃してくる阿呆が長い得物を振り上げながら襲い掛かってくる。本当に隙だらけで大した相手じゃない。
「何だよ……何だよコイツ……!? こんなの聞いてないぞ!?」
数十秒も経たない内に無力化していき、残り一人にまで潰していく。どうやらコイツが大将首らしい。たっぷりと地獄を見せてやらなくては。望はジワジワと奥へ奥へと追い詰めていく。
「ま、待て!! そ、そうだ!! 金をやる!! 一生遊んで暮らせるほどの金だ!! 悪い話じゃあないだろ!?」
――この光景、身に覚えがある。死に瀕した鼠はいつもそうだった。薄っぺらく無価値でちっぽけな命を守るべく、金をちらつかせて油断を誘おうとする。
――そうしたら俺は敢えてその愚策に乗り、油断している振りをするべく目線を逸らす。まんまと引っ掛かってくれた場合、何らかの武器で不意を突いて殺そうとするだろう。
「死ねっ――!!」
――この光景、身に覚えがある。掌で踊らされている事も知らずに、逆転の一発を放ったとしても、それはただの悪足掻きでしかない。こうして背後に回られて首を極められている。最後の最後で選択肢を誤る様な人間にお似合いの末路だろう。
「――我が主を辱めた罪。万死に値する」
望は万力の如く両腕に渾身の力を込めて締め上げていき、人間の急所である頸椎を
――これで奴の身命は尽き果てる。こんな我欲の塊たる腐れ外道をこうやって根絶させていく。記憶を失えど、そういうものだとずっと生きてきたのだろう。これからも、きっとそうやって生きていくのだろう。
「死を以て償え」
「――殺しちゃ駄目っ!!」
その玲瓏なる声に男は思わず驚愕した。先刻まで恐怖で怯えていた紗希が面と向かい、毅然とした態度で言い放っていた。
もう誰も殺すな。もう寂しい思いはしたくないのだろう。これ以上は声を発しなかったが、彼女の言葉はハッキリと理解出来た時、望はいつの間にか両腕を解き、奪う筈だった命を見逃していた。
――本当は、誰であろうと殺したくなかったのかもしれない。
――本当は、その言葉を言ってくれる人を待っていたのかもしれない。
――本当は、血塗られていた過去を記憶と共に捨てたかったのかもしれない。
「――さぁ、帰りましょう。お嬢様。旦那様もお待ちになられています。素敵なお誕生日会にしましょう」
縛り上げていた縄を解き、ゆっくりと彼女を立ち上がらせる。するとさっきまでの威勢は何処へやら、堰を切った様に紗希は慟哭し、望に縋り付いてきた。
「わだっ、私っ!! パパが死んだがど思っで!! 私も死ぬかど思っで!! 怖ぐで!! 辛ぐで!! ごんな事ずる奴許ぜなぐてっ!!」
――そうだ。誰でも死ぬのは怖い。当たり前の事だ。何で今まで気が付かなかったのだろう。
「……ええ」
「でもっ!! やっぱり!! 殺ずのは駄目だっで!! 何でか!! 分がんないけどっ!!」
「……お嬢様の言う通りです。殺しは駄目な事です。そんな当たり前の事すら、俺は今まで分かっていませんでした」
胸中で泣きじゃくる紗希。無力ながらに彼女は一人で戦ってきており、身体は震えていた。いつの間にか望は背中に両腕を回し、両手を触れるか触れないかの距離で添えたのだった。
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