SS1話 部室から見下ろした先にあるもの
「つくづく気に入らないわね、その上から目線」
「――それで結構。アナタもずっと、気に入らないアナタのまま、ワタクシの前に立ち塞がってくださいまし」
廊下で鉢合わせた紗希と絵里香。そんな馬が合わない二人の間に奇妙な友情と青春が確かに存在している。それを偶然ながら発見した学級委員長の鈴木優李。
またいつもの様にいがみ合うものかと思いきや、何とも言えない雰囲気を醸し出している光景に思わず目を疑った。
えええええ!? 風間さんって、あの風間グループの社長令嬢なの!? 京極院さん、サラっと言っちゃってるけど何気に凄い事言ってない!? ……って事は日本でトップクラスのお嬢様二人がお互いにライバル意識を抱きつつも親友として認め合っている……って事!? 嘘嘘嘘嘘! そんなのラノベとかドラマじゃあるまいし有り得ないって! そんな都合のいいシナリオがある訳ないって! ――そんなの……! そんなの!!
「めっちゃ筆が捗るんですけどぉぉぉ!!」
帰りのHRが終わった瞬間に彼女は猛ダッシュで文芸部に駆け付け、ネタが新鮮なうちに書き留めておこうと急いで鞄からノートパソコンを取り出し、怒涛のタイピングで文字を綴っていく。
何を隠そう鈴木優李の趣味は小説を書く事。書く内容は専ら女の子同士の恋愛モノ。文芸部に入ったのも誰にも邪魔されずに執筆する為。部長である誠也も時折読んでは賞賛したり添削したりしてくれるのである。
筆者・鈴木優李は入学早々から二人のカップリングに対して可能性を見出しており、二人の喧嘩っぷりを傍から観察しては京極院絵里香がモデルのキャラを攻め、風間紗希がモデルのキャラを受けとしてGL小説を(無許可で)執筆しており、今はまさに水を得た魚なのである。
「今日は一段と張り切ってるね、鈴木君」
「ごめんなさい先輩!! 今日ばっかりは女同士の間に入らないで下さい!!」
「……活きのいいネタを拾ってきたようだね」
何があったのかを察してくれたのか誠也は静観する事を決め、自身が読み漁っている小難しい本を広げて読書に勤しみ始めた。
「あああああ! 今になって絵が描けない自分をこれほどまでに憎いと思った事は無い!! 絵が描ければあんな事やこんな事を表現出来るシチュエーションを挿絵に入れれるのにぃ!!」
興奮したり嘆いたりと一人で勝手に熱くなっている優李を尻目に男はお茶を注ぎに立ち上がり、ポッドのお湯をカップに注ぐ。席に戻る途中、誠也は何かを見つけたかのように窓の景色を眺めていた。
「最近の世の中ってLGBTがあーだこーだとまるでワルいみたいに言ってますけどねェッ!! 差別差別言ってる奴が一番差別してるって事にいい加減気付くべきなんですよ!! 分かりますか先輩!?」
「うんうんそうだね」
「それにBLでもGLでもNLでも尊くて美しければ何でもいーんですよ!! わざわざ自分の地雷を自分から踏み込んでウダウダ文句言って攻撃してくる凡愚共は粛清されるべきなんですよ!! 分かりますか先輩!?」
「うんうんそうだね」
「……先輩!! ちゃんと私の話聞いてますか!?」
「うんうんそうだね……あ、間違えた」
上の空で生返事を繰り返す誠也に憤慨する優李。せめてこっち顔を向けて話を聞くべきだろうと異議を唱えるべく、彼女は作業を中断するや否や立ち上がって詰め寄っていく。冷静沈着で我関せずを地で行く男も一度スイッチが入ってしまった優李の前ではタジタジになる。
「ごめんごめん。その、君の妄想……じゃなかった。創造力に舌を巻いているだけで――」
「だからって人の話を聞く態度じゃないと思うんですけど!? そんなに私の話がつまらないですか――ってああああっ!!?」
いつもは穏やかで控えめな彼女からは到底発せられているとは思えない創作に対する情熱に水を差すものは一体どれ程のものかと思い、誠也の視線の先を追ってみる。すると信じられないものを見たかのように優李は声を上げた。
「今日の君は感動したり怒ったり驚いたりと忙しいね」
「先輩見て下さいよアレ!!」
「僕はずっと見てたんだけど」
思わず優李が指を差す。噂をすれば何とやら。その先には我らが主人公の一人、風間紗希が下校している。
何て事の無い光景だと思われるが、いつも学校では仮面を被った様な何処となく遠慮している様な表情しか見せない彼女が、その仮面とやらを外して屈託の無い笑みを浮かべているではないか。衝動的に写真を撮ろうとスマホを取り出した瞬間、誠也がレンズを手で覆った。
「よしなさい鈴木君。流石にそれは越えてはいけない一線だよ」
「くぅぅぅ! この貴重な光景を脳裏に焼き付ける以外に保存方法が無いのも辛いけれど、風間さんのその笑顔の先が京極院さんじゃなくて私の知らない男っていう解釈違いが一番辛いっ!!」
GL作品で最もタブー視されていると思われるもの。それは百合の間に
「先輩!! やっぱり私!! あの人は許されない存在だと思いますっ!!」
「……そうだね。許してはいけない存在だよ」
そう言っていた誠也の目はまるで冷たくて、今にも射殺してしまいそうな目線を男に送っていたのだった。
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