第36話 ギルド長のお願い。


 お茶とお菓子を飲み食いし待つ事、数分。一人の男性が入ってきた。


「お初にお目にかかります。魔女様」


 その男性はそう言って対面に座る。


「私はこのギルドの長をしている者です」


 ……領主の館からのお迎えと思ったら違った。でもだとしたら、ギルド長なんて偉い人が一体何のよう?

 内心疑問に思っていると彼は神妙そうな顔でこう尋ねてくる。


「魔女様は、前にこの街の市で、家の形をした菓子を売っていたとか」

「へ? あ、はい」


 売りました。そこそこな売り上げになりました。ありがとうございます。


「そのお菓子をまたお売り頂くことは可能でしょうか?」

「可能は、可能ですけど?」


 内心首を傾げながら答える。

 

「おぉ! 本当ですか!?」

「でも」


 ぱぁっと、ギルド長の顔が輝くので、わたしは強めに声をかける。


「あの時と同じように売ると困るお店もあるのでは?」


 なんせ元手タダ。材料費なんて考えず、計算のしやすい値で売値を決めた。

 でも、あれは期間限定だから、やれたのだ。常設なんてしたら、この街のお菓子を置いてる店が潰れてしまう。わたしはそんな事をしたくない。

 ただでさえ甘味を扱っているお店って、少ないのに。


「それは、そうですが……」


 わたしが他の店の事を心配したのが意外だったのか、ギルド長は困惑した表情で、人気があるのに売らないのはもったいないです、とか、他の店舗には当ギルドから補填を出しても良いですし。と、あれこれと言い出してくる。

 そんなギルド長の方にわたしの方が困惑だ。


「何故、そこまでするんですか?」


 却って怪しいんですけど、と見つめていると、ギルド長はにこやかに笑って。


「魔女様のためですから」

「あ、じゃあ、止めときます」


 嘘くさい笑顔に、スパッと断ったら、お待ちくださいと大慌て。


「ギルド長。目の前に居る魔女様は、商人でも無ければ、貧乏人でもありません。他者を踏みつけてのし上がるよりも、他者と協力して先に進もうとする善人ですよ。交渉の仕方を変える事をおすすめします」


 恭介の助言に、ギルド長はわたしを見て、もう一度恭介を見て、そして、少しだけ目を伏せて、わたしを見直した。


「魔女様のお店で販売されていた物は全て美味しかったと、話題になっていました。実際に私もいただきましたが、王都の高級菓子店に負けないお味でした。また見た目も素晴らしかった。話題になるという事は、客を呼びます。日持ちする物であれば、他の街へと売りに行く商人もいるでしょう」

「そこまで日持ちはしませんね」


 それは分かっていたのだろう。わたしの言葉にギルド長は頷いた。


「残念ですが、そのようですね」


 非常に残念です。とギルド長は言った。


「この街に魔女様のお店を出してもらいたい理由は、魔女様のお店だからです」

「…………」


 イミフ。


「成人の儀にて、魔女や魔法使いの神職の資格を得た者はそう多くありません。そして、その得た者の多くは、王都に住まう者達や、魔女様と関わった事がある者達だと言われています」

「つまり、王都には、魔女の店や魔法使いの店が多くある、と?」


 ギルド長の言葉に恭介が尋ね返し、ギルド長は首肯する。


「……もちろんこの話しも噂でしかありません。ですが、職人の息子が親と同じ職人の神職を得やすい事を考えると、的外れでもない、と我々は思っています」

「……つまり、私を呼び水に使いたいって事ですか?」

「はい。そうです。新しく魔女となる子供達が、どのようなスキルを得るか、賭けにはなりますが……」


 わたしの店に通って魔女になる子っていうなら、一つ目のスキルはお菓子を食べるために、魔女の家じゃないか、とは思うけど……。


「似たような店が増えれば、秘薬の方に手を伸ばす方もいらっしゃるかもしれません」

「秘薬?」


 と、首を傾げる皆にわたしは答える。


「魔女の秘薬っていって……、簡単に言うと、エリクサーとか、万能薬とか……。あの系統? 魔法が込められているから、薬師や錬金術師が作る薬よりも何倍も効果があるとかなんとか」

「へぇー」

「……それに、蘇生魔術に関しても、聖者様や聖女様のお力よりも強力だと聞いております。その力を使いこなせるようになるまでは、相当の修練が必要だ、とも聞いておりますが……」

「蘇生魔術かぁ……。噂には聞いたことあるけど……」


 見たことないなぁと、思わず呟いたのは、わたし。

 わたしの言葉にギルド長は苦笑した。


「ここは比較的都会的ではありますが、王都に比べれば田舎ですからね」


 そういうすんごい力を持った人は、王都とか都会に住んでいるということなのだろう。

 あと、普通にお金もかかるんだろうね。


「……つまり、魔女が増えれば、需要と供給の関係上、魔女の秘薬が安く手に入るかもしれない、って事?」


 恭介の言葉に日本人メンバーの視線が集まる。

 が、わたしは肩をすくめる。


「どうかなぁ? 正直魔女や魔法使いは当たり職ともハズレ職とも言われてるんだよね」

「ハズレ職などと、そのような!」


 反論しようとしたギルド長をわたしは手で制す。


「まず、神職……ジョブを魔女にするとね、本来はスキル構成のアドバイスをしてくれる神官達が、なーんのアドバイスもしてくれなかったんだよね。えーっと、たしか、あまり前例がないからって言われて……」


 言いつつ、ふと気づいた。


「……王都の神官だったら、アドバイスくれたのかなぁ?」


 ……いや、でも、待てよ?

 王都の神官達がアドバイスしてくれるなら、あのおばさんも、「また」とか言わないはずだよね。

 魔女側から、神殿に、魔女の瞳とか魔女の家をなるべく選ばないようにアドバイスしてくれない? とか言ってそう……。

 そこまで考えて思い出した。


「……そういや、魔女の資質をゆがめてしまうかも知れないから、って、神官の人達は何も言えないみたいな事を言ってた気がする……」

「魔女の資質ですか?」


 今度はギルド長が気になったらしい、聞き返された。


「はい。神官の人がそう言ってましたよ。それで一人別の場所に座って、スキルを何にするかって、一人で選ばなくてはならなくて……」


 酷いとは思ったけど……、魔女の能力にどんなのがあるって分かってくると……。

 恐らく、ワザとアドバイスしてないんじゃないかな? って、思うようになった。

 死者の復活が出来るのは、聖人、聖女、魔法使い、魔女となっているみたいだし。

 でも、それが出来るのは高レベルの聖人や聖女だって聞いた事がある。

 でも魔女は違うんだよね。恐らく魔法使いも。

 きっと魔法と魔術の違いなんだろうけど、魔女の蘇生魔法は、レベル1の時点で、死んだ直後とかそんなに時間が経ってない状態なら復活出来るっぽいんだよね。

 基本的に、魔女が使うスキル……というか、魔術よりも魔法の方が効果は上っぽいんだよね。

 で、回復魔法や蘇生魔法を使うような魔女がゴロゴロいたら、神殿としては「寄付金が~」ってなるんじゃないかな?

 おそらく、他の職業でも似たような事になるけど。

 なるんだけど……。


 わたしは背もたれにもたれてうーんとうなり、静さん以外のメンバーを見る。


「商人チートルートの方がゴールするのに早いと思う?」


 彼らが元の世界に戻る方法で、わたしが長い夢から覚める方法。


 チートを持った日本人がどれだけこの世界を変えられるか。


「ミューの能力なら、確かにそっちが早そうだよな」

「定番で行くなら、あちこちの街や村にいって、『あれ? わたし何かやらかしました?』ってムーブを出すのも良いんじゃない?」

「それは冒険者のみんながすべきでしょうよ」


 貴史のからかいにそう返す。

 拓が一番に同意してくれたように、わたしは恐らく、商人ルートが手っ取り早そうである。

 なんせ、魔女の家を出せば、出来上がったお菓子もあるが、その材料もあり、薬の材料だって家庭菜園で手に入る。

 魔女の家の中にある大釜を使えば、秘薬も作る事は可能だろう。

 それ以外にもみんなの知識があればスキルに頼らない、『チート』チックなあれこれが出来るかもしれない。


「……分かりました。この街にお店を出しても構いません。ただ、条件もあります」

「条件ですか?」


 わたしが要望を飲んだということで、笑顔を見せていたギルド長の顔がすぐに引きします。


「前回行った市のような場所での出店ではなく、店舗を構えたいんです」

「なるほど! ではそちらの店舗はこちらが用意いたしましょう!」

「いいえ、店舗もいりません。用意してほしいのは空き地です」

「……空き地……ですか?」


 何故、わざわざ? と言い足そうなギルド長にわたしはにっこり笑う。


「わたしのスキルは魔女の家ですから」


 自信満々で答えたわたしに対し、ギルド長はどこか引きつった笑みを見せた。

 何故? と思ったけど、もしかしたらギルド長は魔女の家がお菓子で作った家だという事を知っているのかもしれない。

 ……インパクトはあるし、それはそれでありかもしれないね。

 なんて、わたしが考え始めたりしていると、ギルド長は、分かりました。と同意をしてくれた。


「場所や広さの希望はありますでしょうか?」

「特に無いです」


 元手タダのお店だもの。へんぴなところで、閑古鳥が鳴いてもわたし的には全然構わないのです。


「分かりました。魔女様のために、我々は全力を尽くしたいと思います」






「そういやさ、なんで、魔女はハズレ職なんだ?」


 ギルド長が立ち去って鏡が尋ねる。


「詰む可能性があるから」

「ツム?」


 首を傾げる鏡にわたしは頷く。


「盗賊は、その職業自体が、罠だった所があるでしょ? あと、賢者もわたし達が想像する職業とは大分違ったよね?」


 わたしの言葉にその職で大変な目に遭った恭介と鏡が大きく頷く。


「魔女はスキルで罠をしかけてる感じなんだよね。スキルのレベルがあがるのに特定の条件があったり……、敵寄せの能力があったりもするしねえ。正直、わたしは運良く当たり職って感じになったけど、こっちの世界の感覚だと普通にハズレだって言われたからね」 


 魔女の瞳も魔女の家も、日本の知識かあったから『当たり』スキルになっただけで、恐らくそうじゃなかったら、詰んでた可能性の方がきっと高かったと思うんだ。

 だって、草とか出るだけの目や、MP的に一日一回お菓子で作った家を出せる能力とか、ねぇ?

 どうすればいいのって普通なら途方にくれるよねぇ。




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