第35話 それぞれの判断



 コンコンと静かに扉がノックされる。

 返事はない。

 扉を叩いた相手もそれを分かっていたのか、もう一度ノックする事なく、扉を少し開け、中の様子を見て、慌てて扉を開けた。


「居ない!? そんな馬鹿な!?」

「なんだと!?」


 複数の男の声が響き、バタバタと室内に入ってくる。

 

「家から出たという話も聞いていないぞ!?」


 室内に入った男達は騒ぐ。

 まだどこか家にいるのではないか、と小さな家の中を乱暴に探す。


「おい! 俺の家を壊す気か!?」

「うるせぇ! せっかくの若い女だったんだぞ!?」


 チュー……、とネズミの鳴き声がする。

 どこか呆れたような鳴き声に聞こえたが、男達が口々に罵り合っているのでその鳴き声に気づく者はいない。

 夜の闇の中、黒いネズミは村々を移動する。

 村の家々を回り、そして、影に溶けるように消えた。


*** ****


「チュ」

「あ、ユウセン、お帰り~」


 自分の影からポンッと音をたてそうな感じで出てきたユウセンに声をかける。


「どうだった?」

「マチュター達というよりも、女の人が目当てだったっぽいっチュ」


 ユウセンの言葉に眉を寄せる。

 いや、それは結局わたし達じゃない? と、思ったけど、ユウセンが言いたいことは、魔女であるわたしと、静さんではなく、女性だったら誰でも良いという意味だろう。


「あの村、女の人、ほとんどいなかったっチュ」


 ユウセンの言葉に、恭介が意外そうにしてから顎に手を置いた。


「若い男がいないとかだと、良く聞くのは戦争だよね。女性が居ないってなると……」

「……生け贄?」


 ぽつりと呟いたのは静さんである。

 予想もしていなかった言葉に、わたし達の視線を集めて静さんは困った表情を見せる。


「あ、ごめんなさいね。気にしないで」


 つい、出ちゃっただけだから。というその一言が怖いです。

 わたしは静さんから、他の面々に顔を向ける。

 どう思う? と内心思いながら。

 これがね、現代日本とかだったらさ、いやいやまさか~。と笑い飛ばせると思うんだ。

 普通に田舎に辟易して出て行っちゃって過疎化が進んでるだけでしょー? と。

 でもね、ここ、遙か昔の地球をベースにした異世界なんだよね。

 精霊も魔物もいるんだよね。

 もしかしたら吸血鬼あたりもいるかもしれない。

 だから、あり得ると言えばあり得るんだよね。

 皆の顔はわたしと同じように、一理あるって感じで、微妙な静けさが漂っている。

 ポリポリとうなじをかいた。

 この沈黙がなんなのかわたしには分からない。

 生け贄という物騒な行為にただ単に嫌悪を持っただけなのか。

 生け贄というものを要求する何かが居る事に怯えているのか。

 それとも。生け贄という存在を要求する『悪』に対して、正義感を持つのか。

 道徳心に、正義感にあふれるのならそれでも良いのだろう。

 でも。


「わたしはあの村にこれ以上かかわる気はないよ」


 わたしはそう告げた。たとえあの村が困っていたとしても助ける気はない、ときっぱりと告げる。


「それでいいと思う……」


 反対するなら反対しろ。と思ったけど、拓はあっさりと同意した。


「相手は薬を盛ってくるような奴らだ。助ける理由なんて無い」

「だよなぁ。正面からきちんとお願いしてくるならともかく」


 大地が拓に同意を返す。

 確かに、正式な依頼とかなら考えたかもしれないけどね。

 拓の視線が静さんに向かう。静さんは首を静かに横に振った。


「貴方達の命を賭けてまで、助けたいなどとわたしにはとても思えません。それに、生け贄も考えすぎかもしれませんし」


 確かに。ただたんに女性が少ないだけってことも十分にありえるしね。


「……とりあえず、情報収集もあるし……、戻るか」


 彼らの言葉にわたしは頷く。

 この辺りだと、わたし言葉通じないし、出来れば言葉が通じるところが良いです。


「……それにしても、ボク達って運が悪い? 運っていうか、人運?」


 恭介の言葉にわたしは少し悩んだが頷いた。


「恐らく、あんまりよくないんじゃない?」


 わたしの言葉に彼らはがっくりと肩を落とした。

 少なくともわたしは、あの魔女以外はむっちゃ嫌だっていう人には会ってないと思うし。

 ……職を貰う旅の時、兵士の人達に観光が出来るぞぉーって言って騙された事はあったけどさ。

 でもあれは一応教訓の一つであり、一応移動がてら観光案内っぽいのはされた。だから完全に騙されたってわけじゃないと思うんだよね。

 それに比べて彼らは……最初から微妙な人達にあたり、新しい国では村ぐるみで、人さらい? 人殺し? で、ある。

 運が良いとは言えないよね?

 静さんは元夫がアレだったけど、それ以降妙な目にはあってないだろうし。

 ……あと、あの少年神から他にはなんの連絡も無いって事は、他の転移組は順調に異世界を楽しんでいるのではないだろうか。って思うしね。

 ……あと何名いるかは知らないけど。

 厄払いをした方がいいのだろうか。なんて冗談で話し合う彼らの声を聞きながら、わたしは魔女の家を出発地点に戻す事にした。

 とりあえず、あの村の事は領主様に報告しとこうかな?

 他国の事だから関係ないってなるかもしれないけど、近隣の村とか町とかは関係あるかもしれないし。

 無いとは思うけど、悪の秘密結社が~! とかあったりして、実は情報を求めていたとか、あるかもしれないし。

 ……流石にそれはないか。



**** ****


「あっ」


 扉を開けて、中に入った時、中にいた人と目が合った。

 合っただけなら特になにも思わなかったかも知れないけど、同時に、「見つけた!」っていう感じで、口をパカッと開けたのを見たら、これはめんどくさい事になりそうだ。って思うのも仕方が無いと思う。

 よし、見なかった事にして、一度退室しよう。

 そう思ったけど、相手はすでに行動を起こしていた。


「待って! 待ってください!!」


 がしっと腕を捕まれた。


「お、お久しぶりですねぇ~? あの、あの人置いてきぼりですが良いんですか?」


 ぽかーんとこちらを見ている、カウンター前にいる男性を指差す。


「今は貴方が最優先ですよ。魔女様っ」


 おっとばれている。

 そこで、わたしは逃げるのは諦めて、改めてギルドのお姉さんを見た。

 確か前にあった時には魔女だって言わなかったはずだ。

 田舎から出てきたばかりの子供っていう感じで話しを進め記憶がある。


「領主様が何か?」

「はい」


 神妙な顔で頷くギルドのお姉さんにわたしはなんとなく面倒な事になりそうだなぁって思った。


「領主様がお呼びです」


 その言葉にわたしは、一瞬眉を寄せたけど、視界に入った面々に考えを改める。

 『盗賊』っていう職業について話すには丁度いいのかな?


「連れも同席してもいいのなら」


 と、横でこちらの状況を見守っている面々を手で示す。

 ギルドのお姉さんは皆を見て、一瞬「え? 面倒」っていう不満そうな顔をしたような気がしたけど、それは一瞬だけで、何事もなかったように表情を戻すと、応接室へどうぞとわたし達を案内してくれた。

 みんなが同席して良いか、先方に聞いてくるそうだ。

 その間、こちらで待機して欲しいって事らしい。

 お茶やらお菓子やらも用意された。


「なんか、微妙に監禁されたっぽい気持ちもするんだけど、なんかやらかしたの?」

「失礼な! やらかしてないよ! 相手に勘違いさせて、お金を支払ったくらいだもん」


 恭介の言葉に反論すると、金という単語があったからか。


「え? 真面目に何か犯罪したの!?」

「詐欺でもしたのか?」

「……支払い? ……転売? それとも値引き交渉?」

「いや、拓、ぼったくり商法かもしれんぞ」

「大地、それは逆だろ。ぼったくりだと、ミューが貰う側だ」

「もー! 違う!」


 人が犯罪を犯したように言うな!

 わたしは大声を上げて、彼らを黙らせた後、きちんと説明をすることにしたのだが……。

 どこから説明をすればいいのやら……。と、ちょっと頭を悩ませる。


「……この国ってさ、成人する頃になると、神殿で職業をもらうことになるんだけど」


 もう最初から話す方がいいだろう、と本当に最初から話す事にした。

 本来の村人達の護衛と、魔女込みの村人達の護衛。

 そこにかかる費用。それはわたしがこの領地の領主に雇われている魔女の弟子になる事で、働いて返すはずだった事。

 しかしわたしは、出来損ないの魔女見習いと勘違いされて、魔女から門前払いされたこと。

 あまりにも馬鹿にされた事で、かかった費用は時間をかけてでも全額返す事に決めたこと。

 で、普通に渡しても受け取らなさそうだったから、ギルドを経由して返す事にしたけど、その時にちょっぴりギルド職員のお姉さんが勘違いするようにしむけた事。

 それらを説明し、わたしはすねた顔をして、そっぽを向く。


「別に悪いことしてないよ、みんな酷くない!?」


 すねた女はめんどくさいぞ。と彼らに嫌がらせする事にした。

 まったく。君たちを直接助けたのは静さんかもしれないが、わたしだって十分恩人の立場だろ!?

 静さんに比べて扱い雑なの、時折ちょっと納得いかないんだよね。

 まぁ、恩人恩人ムーブだされるのも面倒だから、今まで通りでいいんだけどさ。

 でもさ、まずは、疑うよりも信じろよな! そこは!

 と、考えていると、フリだった「すねる」という心情が、段々、マジになり始め、五人にしっかりと謝って貰えるまでは、魔女の家は出禁にしよう、とか考えた。

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