第13話─悪魔と精霊、依頼と味方
「まさかキミから声を掛けてくるなんて思わなかったヨ。珍しいこともあるものだネ」
シュベルが不思議そうな顔をして言うのに、ベルは曖昧に微笑んだ。シュベルの質問には一切答えずに、ベルはある場所へと進んでいく。
「ここは……」
シュベルが扉の前に立つと、ベルは迷いなく扉をノックした。どうぞ、と声が聞こえて直ぐに、扉を開く。
扉を開けて直ぐに、ソワソワとしている白髪の女と、机に向かっている金糸雀色の髪をした男が、シュベルの目に入った。
振り返ったアンは、ベルを見て固まる。
「適当に座ってくれ。椅子なんて大層なものはない。カフェはあるが、アレを王弟子様に食わせるのは流石に躊躇いがある」
テオドールが机に向かったまま告げると、ベルがさっさとベッドを背もたれにして座った。シュベルは動揺しながらも、適当な場所に腰を下ろす。
そこでようやく、テオドールが後ろを向いた。
「ごめんな、大したもの出せなくて。アンとシュベルは紅茶かコーヒーどっちがいい?」
「ベルさんには聞かないのカイ?」
「どうせ紅茶」
ベルはくすくすと笑って頷いた。べる、とアンが呟く。
「美人で噂の新入生、か……」
「今かよ。アンは何?紅茶?」
「仕方ないでしょ。家からほとんど出ていないのよ?紅茶でお願いするわ」
「ボクはコーヒーにするヨ。ブラックで」
「ん」
ベルはふわあ、と欠伸をこぼした。テオドールは鼻で笑って、コンロに火をつける。
「研究者の中には従者を引き連れてる人もいるみたいだケド、キミはワンマンなんだネ?」
「一人の方が楽だからな。自分の世話くらい自分でする」
「ふうん。随分慣れてるみたいだけど、ベルさんはよくここに来るのカナ?」
「いや、そんな頻繁には……こいつもこいつで忙しいし。まあ、たまに精霊について聞くために呼ぶくらいのもんだ」
「その割には随分と距離が近いんだネ?」
テオドールはじとっとベルを見た。ベルは何処吹く風で指で床を叩いている。
「野うさぎ、話してもいいやつか」
『あぁ、うん。話すタイミング分からなくてどうしようかなと』
「あ、そう。こいつキディ。オーキッド・フォーサイス」
シュベルの動きが固まった。そして即座にベルの手を掴む。ベルは驚いて身を引きかけた。
「キミ、精霊学とか好きなら言ってヨ!そうしたら中等部の時とか語り合えたのに!……あ、エスパニャーダでいいヨ。ボク分かるからネ」
『あぁ……ありがとうございます?僕もシュベル様がそういったことに詳しいとは存じ上げなかったものですから。それに、孤立してましたし、ボク。体育の時は有用されてましたけど』
「そのことなんだケド、ボクずっと気になってたことがあってネ」
『はい?』
テオドールがトレイにカップを四つ乗せて、それぞれのそばに置いた。そして、ただ二人を見つめるしか出来ないアンにベルの話している内容を説明をする。
瞬く間に場の流れを持っていくシュベルの手腕は見事なものだ、とテオドールは思った。
「キミを無視してると言うより、アレはキミを認識出来てないんじゃないかなって思うんだよネ」
『……認識?』
「あ、背が低いから気づかないとかじゃナイヨ。まぁ、言葉を選ばずに言うなら影が薄いからってところカナ?」
『か、影が薄い……』
ベルはむっ、と頬を膨らませた。シュベルはああ、気を悪くしたならごめんネ、と特に思ってもいなさそうな声で告げる。
「ボクの個人的な見解だけどネ、キミは視認しようとしないと出来ないと思うんだよネ」
『といいますと?』
「今もたまに誰かに話しかけても気づかれてない時あるよネ?周りの人が教えてようやく、なんてところを何度か見たことがあるヨ」
『まあ、はい』
ベルはやや首を傾げながら答えた。理解はしつつも、話に納得できないでいた。
「話は変わるケド、精霊って土地に根付くタイプの精霊でも認識しようと思わなければ見えないらしいネ!」
話変わってないです、とベルは言いかけて、ベルは動きを止めた。
『……え、そうなんですか?』
「あれ、知らなかったノ?」
『悪魔は同じような逸話を聞いたことがありますけど……あ、いや、悪魔の場合は召喚しないと認知出来ないからそりゃそうか。ま、魔力がない人には召喚しなくても見えるんですけど……』
「……魔力がない人?」
『あ、精霊がついてない人の方がわかりやすいですかね』
ぽん、とベルは手を叩いた。テオドールやアンも気になっているのか、ベルの方を黙って見ている。
『精霊にとって悪魔が天敵って言うのは、本当に遺伝子レベルで拒絶してるんですよ。見た瞬間に吐き気がするとか、そんなものですらないんです。弾かれるように、近づけないし、見えない。それは悪魔の血液自体がそうなんです。契約を勝手に解消されないように、精霊が近づけないようにしてるんですよ』
「悪魔の血液、というと?」
『悪魔の召喚って大体血液が必要でしょ?その無くなった血液分は、悪魔の血液になるんだよ。血液の交換によって、契約は成立する。悪魔は自分の血液で、契約者の居場所や死期を悟るんだ。その悪魔の血液が、精霊にとってはもう近づくことすら不可能な結界になるわけ。まれに例外もいるけど、その例外は……見える人、だと思うよ。会ったことないからわかんないけどね』
ベルは紅茶を飲んだ。その間にテオドールが翻訳をする。
『精霊って、やっぱり基本的には存在を認知されないから、気づいてくれる人がいるのは嬉しいんだよね』
「ちなみに、そのみえるひとの特徴ってなんだ?」
『うーん……そこまでは。僕みたいに生まれ変わる前が精霊とか妖精だった人が多いんじゃないかな』
「サラッと今キミ凄いこといったネ!?」
ベルはのんびりと首を傾げた。
『あれ、気づいててブラフかけてきたんじゃないんですか?回りくどいことするなあって思ってたんですけど』
シュベルは上を向いて手で空を仰いだ。テオドールとアンは特に驚いた様子はない。
『でも多分、僕は相当精霊の頃の力が残ってる方だと思うんですよね。さっきのシュベル様の話を信じるなら、むしろ精霊の力の方が強いと言ってもいいかも……。僕が人間である要素、この身体しかなさそうだし』
「なんでだろうな?」
『魂がほとんど傷ついてなかったからかな、と思ってる。テオには前にも話したけど、僕は殺された訳じゃなく普通に寿命で死んだから、特に死んだ時のショックもなくてね。思い出すのになんの抵抗もなかったというか』
ベルはそう言って、真上にぽん、とペンを投げた。空中浮遊するペンを、アンとシュベルは呆然と眺める。
「あ、あの。わたくしからも一つ、質問いいかしら」
「はい、答えれるの、答えます」
「悪魔の血液を浄化するのに精霊の血液を使うというのは、割とざらにあること?」
「んー……いや、さっき言ったけど、悪魔の血に、近づく、けないから。強い精霊できるけど、普通無理」
「じゃあなんでキディは出来たんだ?」
『それは、まあ……人間要素もあるからじゃないかな。あるいは下級悪魔の血だったとか』
精霊なら、確実に不可能だったろうが、人間であることによって、ロックに引っかからなかった。悪魔の血液が何を基準に弾いているかまではベルも把握していないため、断言は出来ないが、恐らくその推測に間違いはないだろう。
「そういえば、これを機に聞いておきたいんだが、悪意ってなんだ?何を基準にしてる?」
『んー。ぶっちゃけると精霊の勘なんだよね。悪魔の血液に弾かれるように、そばに立つだけでぶわっと、鳥肌が立つ……そういうものを、精霊は悪意と呼んでる。だから、悪意がないからって精霊が手を差し伸べたからと言って例えば殺人を犯した人が地獄に落ちないかと言ったら、正直九割の確率で落ちるだろうね。神様と精霊って同じ括りに入れられがちだけど、違うから。精霊は神様の従属じゃなく、人間、動物……そんなカテゴリの中の一つに過ぎない。だから、悪意と悪魔の血は似たようなものだけど別物なんだよ』
「お前は悪意は感じる?」
『感じるよ。感じる……けどねえ。このシステムって、致命的な欠点があって』
ベルは溜息をつきながら腕を組んだ。しばらくして、はっと目をかっぴらく。
『って、違う違う!そんな話するためにアン嬢とシュベル様集めたわけじゃないんだよ。興味があったらまた今度話すから、今は本題に移らせてほしいな』
「あぁ、そういえば僕に用があるんだったネ」
「もともと説明する気でいたのに、シュベルが変に探りを入れてくるから」
「アハ、ボクのせいカイ?」
酷いナ、といいつつも、自覚があるのだろう、特に否定はしなかった。
「翻訳が面倒だから俺から説明するぞ。まぁ勘がいい二人なら既にわかっているかもしれないが……簡潔に言うと、アマリリス嬢を殺害した犯人と、悪魔召喚を行った人物を探したい。まぁ悪魔召喚に至っては俺が直々に王陛下から依頼をもらって、シュベルを頼ることも了承を得ている」
「学生に何を頼んでいるんだい?おじさんは」
国家警備隊に任せればいいのに、とシュベルが眉間にしわを寄せた。
『まぁ所詮中等部生だった僕に魔物襲来時の魔物討伐頼むくらいだからね。第一王子がアレだし、まともじゃないなんて今更だよね!』
「いい笑顔でなかなか辛辣なことを吐くネ、キミ。所詮っていうケドキミに勝てる騎士はこの国にはいないんだからネ?」
『それはそれでどうなの?』
「……確かにネ」
シュベルがため息をついた。ベルはにこにこしながら、紅茶を飲む。
『そもそも、国が有能だと思ってたら僕が姉上を殺した人間を探そうなんて発想にはならないよね』
「……まぁ、そうだネ。で?ボクは何をすればいいのカナ?」
「何の悪魔が召喚されて、その悪魔がどういった力を持っているのかを調べてほしいんだ。アンにはベイ殿下とルドベック卿、あとアルメリア嬢に接触してほしい」
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