第3話
「えっと、
「はい。お邪魔させていただきます」
離れの方に案内され、葵さんに案内される。今日の彼女は髪を降ろして、ゆったりとしたカーディガンを羽織っていた。
「あの、せっかく来てもらって悪いんですけど。ちょっと仕事の方が立て込んでて、そっちの作業進めながらでもいいですか?」
茉莉さんからは、彼女はイラストレータだと聞いている。
「ほんと、ごめんね。でもなんていうか私を知ってもらうのに、ちょっと仕事を見てもらった方が早い気もして」
と、彼女に案内された部屋に入ると、独特の油の匂いのようなものが鼻をつく。そしてその部屋の奥には大きな複数モニターのパソコンと、割と大きな液晶タブレット。隅や別の机には、所狭しと画用紙や他の様々な画材が置いてあった。
「凄い……ですね。これもみんな、お仕事で?」
「ええ、はい。私ほんとうに、家事とか仕事とか……そんなしっかりできないんだけど、皆にはこういう活動を応援してもらってて」
私の言葉に返しながらも、いつのまにか髪をまとめ真剣にその液タブに向き合っている。
「この前は。ごめんなさい」
「えっ? この前……ですか?」
「
でもだとしたら、私の何があの人の気に障ったのだろう。あの時は本当になぜあんなに怒っていたのか分からなくて、正直ただ、どうしたのだろうと疑問だった。
「なんていうのかな。私たちが
「そうなんですね……」
「ねえ、これどうかな? このイラスト。どんなふうに見える……?」
「えっ……えっと、なんでしょう? すごく綺麗でいいと思いますよ。手書き風の感じが、温かくて」
「あー、うん……うん。ありがとう」
するとまた、彼女はそのモニターと液タブに向かって、黙々と作業を続けた。
「あのね。文ちゃんも
「理解、されない……?」
「なんか。確かにいい絵を描くと褒めてくれるし、凄いよって言ってくれる……でもそれって、あくまでその時だけの言葉だって」
「その時だけ、ですか」
「ほら。こういうのってもう、AIとかで今は簡単に出力できちゃうでしょ?」
「そう、ですよね。いえ、なんかそういうのがあって、大変みたいで……」
「だから、昔は本当に……誰かに負けない絵を描かなきゃ、簡単に追いつけないようなものをって、いろいろ……嫌になっちゃって」
「そ、そんな! 葵さんの絵は、ほんとうに綺麗で……」
「そう? ふふ。ありがと」
そういうとまた葵さんは作業に集中し、しばらくまた沈黙が流れた。
「――でもね、こうやってみんなと暮すようになって……ていうか、茉莉ちゃんたちに結婚してみないって誘われて、凄い救われたんだ」
「救われた……?」
「うん。皆と生活が近くなってね、実は意外と私の絵の出来以外の部分って、評価してくれてるんだなって」
葵さんは、どんな風に自信を失っていたのだろう。でもそんな葵さんをあの人たちが尊敬するだろうとは、私自身、このアトリエに入れてもらってすぐに感じた。
「イラストが出来るまでって……なんていうかすごく混乱して、何度も何度も、自分の絵を見失うの。でもそうやって何も形になるものを出せない間、皆いろいろと気をまわしていてくれて……私って、大事にされてるんだなって」
≪テロリン、テロリン≫
「ゴメン。なんか……お母さんから」
「あっ、はい。出ていただいて……」
葵さんはスマホをとって、何かを話す。
「え、うん。分かった……でも、ちょっと私手が離せなくて……」
と、そこでなぜか私の方を見て、スマホを耳から離しマイクの方を手で押さえる。
***
「あら、来てくれた。真由美ちゃん。葵ったら、忙しいからって一人でよこして」
「いえ。そんな、おかまいなく」
「こんにちは、真由美さん」
離れのリビングに降りていくと、葵さんのご両親で茉莉さんたちの義理の両親。
「真由美さんはどんなのが好み? チーズタルトとか、ショートケーキとか、分からないからいろいろ買ってきちゃった」
「あ、ありがとうございます」
「紅茶とコーヒー、どっちがいいかい?」
「えっと、私は紅茶で……」
美奈子さんも均さんも、なぜかすごく気を使ってくれて、どうにも恐縮してしまう。いちおう、今日はこの方たちの娘さんとのお見合いで、しかし同時に、私はその娘さんにとって、妻と仲良くしていた不届き者だ。
「なんていうのかね……正直昔は僕も、娘には婿を取ってもらって子供を産んでくれたらって思ってたよ」
「えっ……?」
「でもね。それはただ僕や妻もそうして家族になったから、ただそれが当たり前だと……」
「ちょっと均さん、真由美さんが驚いてるでしょ? オジサン臭い話なんてやめなさいよ」
真奈美さんに言われると、均さんは一瞬驚いた顔をして、そしてはにかんだ顔で笑って少し俯いた。
「いや、僕。そんなにオジサン臭かったかい?」
「いえ、そんなことは……」
「オジサン臭かったわよ。せっかくおいしいケーキを楽しんでるのに」
なんというか、上手くフォローできなくて均さんに申し訳ない。
「それは、すみません……なにが話したかったというと、今は娘たちに囲まれて、とても賑やかに暮らせているという事です。いえ、よそのお嬢さんに娘たちだなんて、おこがましいのですが。いちおう、娘の配偶者ですから」
「ほんとうにね。私たちは、もしも真由美さんが来てくれても歓迎よ」
仁奈子さんや均さんとのお茶会は、葵さんを待つ間ゆったりと続いていった。
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