第52話 お風呂場の決意。アタシも何かを成します!

(大又蘭花side)


 夜。自宅の浴室。

 蘭花は湯船の中から勢いよく、顔を出した。


「ぷはっ」


 一瞬、気を失ったような眠気に襲われて、湯船の中の体がすべり、沈没したのだ。

 今日は忙しすぎたからだろう。主に感情が。


「やば、気を失ってたかも……元戦士が風呂で死んだら情けなすぎる。気を付けないと」

 

 それにしても、風呂って、最高。いい気持ちだ。

 記憶の中では新鮮さなどないのに、心が叫んでいる。平和ってすごい! 日本ってすごい! こんなにきれいな水がバシバシでてきて、すぐにお湯も出てくる!

 地球、やばい! と。

 

「いや、ヤバいのは、あたしだ……」


 顎までお湯につけて、ぶくぶくと息を吐く。

 感情がジェットコースターみたいだった。


 今日はやりすぎたかもしれない。

 勇者カゲヤマ様にやっと近づけたことが嬉しくて、テンションがおかしくなってしまった。


 でも、明日から、一緒にお昼ご飯を食べる約束をしたし(本人談)、

 下の名前で呼び合って、恋人みたいな距離感になったし(本人談)、

 もしかしたら、明日、それ以上の何かがあるかもしれない……(本人談)。

 

「あ! どうせなら、お弁当作ればいいんじゃない!? そうたくんも喜ぶかもっ」


 すごいことに気が付いたと、蘭花は興奮気味に立ち上がる。

 細く白いからだから水が滴り落ちる。

 自国離れしたプロポーションだが、実際、蘭花には異国の血が入っていた。


 銀色の髪も、実は地毛であった。

 本人は日本語しか話せないが、身体的特徴は海外基準みだった。


 細い手。長い脚。大きな目、くびれたウエスト。そして、垂れるほど大きな胸は、

しかし、ピンク色の部分がツンと上を向いている。芸術的ともいえる美しさだった。

 

 蘭花はそれらをぷにぷにと触ってから、つぶやいた。

 

「それにしても、蘭花――アタシも、もったいないよなあ。こんなに綺麗なら、なんていうか……姫さま……は無理にしても、アイドルみたいなのだってできそうなもんだけど。宝の持ち腐れだよなあ」


 うーん、と蘭花は腕を組む。なにか有効活用はできないものか。

 ディーナは考えるのが苦手であった。考えるよりも、大戦斧ですべてをなぎ倒すほうが性に合っている。


 ぽん、と手を打つ。


「そういえば日本には女体盛りってのがあったような……いや、学校のお昼ご飯でそれはないか」


 学校じゃなくても、夕飯だとしても、それはないのだが、蘭花は気が付けない。

 考えすぎて、頭がくらくらとしてきた。

 長湯のせいで、真っ白な肌が赤くなっていた。


 浴槽のふちに座り、蛇口から出したお水をパタパタと体にかけた。


「つめたっ――ああ、まじ平和ってすごいなあ。勇者カゲヤマ様は、あっちの世界にも平和をもたらしたんだろうな。だから戻ってきたんだろうし」


 実は、蘭花(ディーナ)には気になっていたことがあった。

 それは自分が死んだあとの、あちらの世界のことだ。

 

 そもそも、ディーナの死ぬ直前までの記憶は、17年前のこととして認知されている。蘭花としての17年も記憶にあるからだ。

 さらにいえば、死んだあとのことは知ることもできない。

 勇者がこちらの世界に戻ってきているのだから、任務は遂行し、魔王を倒したのだろう。

 こちらの景山は、見た目は地球人らしきものである。が、内面からにじみ出る武力が、最後に見た景山とは比べ物にならないほど、高レベルに感じた。きっと、自分と別れてから、色々なことがあったに違いない。


「きっと、アタシが死んだあとも、色々と乗り越えてきたんだろうな……さすが、カゲヤマ様だ……魔王を倒すという目標を達成したんだな」


 ぽおっとする。

 景山との思い出が勝手に再生された。


     *


 ディーナが勇者のパーティーに入ることになったのは、単純な話だった。命を救ってもらったからである。


 彼女は、小さな村で、魔王や魔物に家族を殺せた子供――つまり、魔王戦争孤児を孤児院に集め、村人の助けも得ながら、一人で育てていたのだ。


 ディーナはもともと根無し草の傭兵であったが、子供を助けているうちに移動ができなくなり、とある村に定住することになった。すべて、行き当たりばったりであったが、満足はしていた。


 子供を育てるといっても、学のないディーナにできることはひとつだった。

 エゴと言われてもしかたない方法だったが、二度と負けないように、二度と大切なものを失わないように、戦士としての特訓を子供たちにさせていたのだった。


 しかし、それも無意味だった。子供は子供であった。

 ある日、ゴブリンの群れが、村を襲った。

 

 異世界のゴブリンは知能が高く、ずるがしこく、残酷だった。

 様々な方法を用い、村人に苦痛を与え、命を奪った。

 子供たちは戦士として活躍することなどできるわけもなく、ディーナもそんなことはさせられないと、一人で大戦斧を持ち、奮闘した。


 だが、一対一ならまだしも、ゴブリンのほうが数が多く、上手だった。

 結果、村人と共に、子供たちは順次殺されていった。

 手をもがれ、目玉をえぐられる――怒りと悲しみが混在し、ディーナも気がそぞろになり、戦闘も雑になっていった。


 ディーナは何度も何度も、ゴブリン特製の毒キノコと毒虫由来が塗られた小剣で撫でるように切り付けられた。

 そして、最後には体が動かなくなり、地面に倒れる。

 

 ゴブリンたちに囲まれたときの、暗い空は今でも覚えていた。

 こんな大女、男からモテるわけもない――そう思っていたし、それは事実だったが、まさか、ゴブリンの繁殖に使われることになるなんて思いもしなかった。

 ゴブリンは、巣に人間のメスを持ち帰り、繁殖するという習性があった。

 だが、ディーナの場合は、この場で色々とされるようだ――ああ、これでアタシの人生も終わりか。

 お姫様に生まれたかったとはいわないが、こんな終わり方もいやだな。


 諦めた瞬間だ。


 「ギャッ」と、一声。

 次の瞬間、ゴブリンたちはふっとばされていた。


「……え?」


 体の動かないディーナは数分後に、ようやく、救われたことを自覚した。


 異変を感じて駆け付けた、勇者カゲヤマソウタの一閃によって。


     *


「あのときの、カゲヤマ様かっこよかったなあ……子供も、助けてくれてたし、ゴブリンの巣まで駆逐して……ああ、あの子たちも元気してるのかな……カゲヤマ様が世界を救ってくれただろうから、きっと大丈夫よね。カゲヤマ様は、本当にすごいなあ……あとかっこいい……こっちの世界でもパーティー組めたら……いや、どうだろう……」


 そのとき、蘭花(ディーナ)に、どうしようもない焦りが生まれた。


「アタシ、昔から、なにも成し遂げてないな……カゲヤマ様は世界を救ったのに。アタシは肉壁になって、死んだだけ……こっちの人生でも、特に目標はないし、彼氏の一人もいないし、体は持ち腐れだし。なにか……なにか、成し遂げないと……カゲヤマ様のパーティーには入れないよね……」


 思春期特有の『何者かになりたい』という思いが、突如として、蘭花の体をかけめぐった。

 ディーナの中のカゲヤマの存在が大きすぎて、疎外感を覚える。


 しかし、考えることが苦手な分、決断は早かった。


「よし! アタシもなにかガンバッテみよう! まずは、弁当でも作ってみるか! それからほかのこともやってみて、わたしも何かを成し遂げなきゃっ」


 うおおおおおおおおおおやってやるうううう、と立ち上がり、裸でガッツポーズ。

 ぶるんぶるんと揺れる何か。

 

「待っててねカゲヤマ様! いや、そうたくん♡! アタシのすべてを、ぶつけるからね――」


(ら、らんかは、どうしたのかしら……まさか、好きな人が、あっち系の人で、悪い影響を受けてるんじゃ……薬なんてことは……)


 ごはんができたことを伝えに来たために、浴室の外に居たクール系母親は、娘に何と声をかけていいかわからず、静かにキッチンへ戻った。

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元いじめられっ子の俺、異世界から帰還する 斎藤ニコ @kugakyuu

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