Day30 再会それぞれの明日(お題・握手)

 銀河歴G.C.109年8月15日

 アティーナ星系標準時AST午後三時。ペットロボットを使ったストーカー行為で向井隼人が逮捕されて三週間ばかりたったお盆休暇。美佳達は『Sheep World』の湖畔エリアを訪れていた。

 夏の日差しに眩しく光る透明度の高い湖に涼しげな緑の林と清水の流れる川。その中にレンタルのバンガローや休憩所、カフェが点在している。そのカフェの木陰の下のテーブルに美佳は座っていた。風が髪を揺らし、林の向こうの牧場の親子連れの歓声を運んでくる。

「美佳様ぁ、アイスカフェラテでぇす」

 カフェのカウンターからトレイを持ってトールがふよふよとやってくる。

「ありがとう。トール」

「ああ、ここは天国だ……」

 横の席では樹季がテーブルの上につっぷしている。二年ぶりに故郷の惑星ほしに帰っている樹季にとっては、調整の効かない自然の夏の暑さとコロニーの疑似重力より若干重い惑星重力がインターンより大変らしい。ぐったりしている彼女の前で

「こういうところに来たら、普段カロリーを気にして食べれないものをたくさん食べないと、です」

 文香が五つ目のスイーツ、レモンヨーグルトケーキを口に運ぶ。横で楕円体のボディに手足の着いた汎用家事ロボットが

「文香様、確かにカロリーは0ですが、満腹中枢は反応しています。食べ過ぎると晩御飯が入りませんよ」

 注意しながらカメラアイを瞬かせる。

「大丈夫。マルのご飯はいくらでも入るから」

 実家に帰って再会した『家族』に文香が笑みを返した。

「皆!」

 林の中を通る遊歩道から瞳の声が聞こえてくる。

「お待たせ!」

 大きくこちらに向かい、手を振る。彼女の隣には、彼女より幾分小柄な女性が一緒に歩いている。半透明だったころとそっくりの優しい穏やかな面立ちに

「志穂さん!」

 三人が立ち上がり、手を振った。

 

「身体は大丈夫ですか?」

 ゆっくりとテーブルに歩いてきた志穂を瞳が椅子をひいて座らせる。

「二年もずっと眠っていて、毎日、リハビリが大変だけど、VWバーチャルワールドなら平気よ」

 トールが運んできたアイスコーヒーとレアチーズケーキを前に志穂は柔らかく微笑んだ。

 最初からあまりに存在が薄い『幽霊』だった志穂だが、死人の国に居たときでさえ、はっきりと具現化しなかったことで、美佳は気付いたのだ。

 彼女は『死霊』ではなく『生き霊』ではないかと。

 そこで三人が異界から戻ってきたとき、瞳に確かめて貰ったのだ。彼女の魂は記憶が戻ったことで無事、元の身体に戻り、二年間の眠りから目覚めていた。

「瞳さんは事故後、志穂さんが生きていることを知っていたのに……」

 口を尖らせる樹季に瞳がすまなそうに肩をすくめる。瞳はしばらくは志穂の家族と連絡を取っていたのだが

「でも、一年くらいでさすがに疎遠になってしまって……。志穂の『幽霊』を見て、つい、その後亡くなったんだって思ってしまったの」

 さすがに家族に死亡を問い合わせることは出来なかったらしい。その瞳は八月初旬の前期期末試験が終わった後、志穂の安否を自分の目で確かめる為にメティス母星に帰った。今は実家から彼女が入院している病院に通ってリバビリのサポートをしているという。

「ところで『天神そっち』はどうなったの?」

 瞳が今、唯一『天神』にいる美佳に訊く。

「向井隼人は現在拘留されて取り調べ中です」

 雅彦と美佳、志穂、その他ストーカー行為で肉体的精神的に傷つけた女性達への傷害罪。

「それと協力させられていたマンションの管理者の中に彼に私生活を盗撮されて脅されていた人が何人もいて……」

 その人達への脅迫罪。

「中学生からストーカー行為をしていたらしくて、余罪があり過ぎて」

 当分は留置所から出ることはないという。

「睦己さんは、志穂さんのご両親が傷害幇助で訴えたそうですね」

 大事な娘の二年間を潰されたのだ。当然だろう。彼女も罪を認めている。

 そして、社長が交代した向井家が管理するマンションは『天神』行政の監視が入り、一から防犯システムを構築し直すことになった。

「移転を希望する住人には会社から費用を全額補填しているそうですけど……」

 空間の限られてコロニーでは移転先の部屋もそうはなく、多くの住人が防犯体制の一新を条件に、そのまま暮らしているという。しかし、事故と事件の起きたメゾンドコレーは当分の間、閉鎖される。

「ええ。私のところにも管理会社から連絡がきたわ」

「あたしにも」

 瞳、樹季、美佳、文香の四人は管理会社の手配した部屋に大学の後期授業が始まるまでに引っ越しをしなければならない。

「折角、仲良くなれたのに寂しいですね……」

 くすん、文香がフォークを置いて鼻を鳴らす。

「何、また大学で会えるさ」

 樹季の言葉に「そうよ」と瞳も頷いた。

「スケジュールアプリは削除したけど、Talkアプリのグループはこのままにしておきましょう」

「はい」

「私も改めて仲間に入れてね」

 志穂が手をテーブルの上に出す。

「私、リバビリ頑張って、もう一度大学に行けるようにするから……」

 にっこりと笑む。

「そのときはまた五人で夕食会をしましょう!」

「ええ!」

「はい!」

 四人の手が重なった。

 

 * * * * *

 

 お盆が終わり、夏休みの宿題や休み明けのテスト準備で忙しかった家庭教師のバイトも落ち着いた九月の半ば。

「さて、今日からはここが新しい私の部屋ね」

 メゾンドコレーから任意の部屋を捜してくれるよう頼み、引っ越した美佳は、力仕事用アタッチメントを装着して段ボールを運ぶトールを背にベランダから周囲の景色を見回した。全八室のマンション。そこの二階の東の角部屋が新しい美佳の住居だ。

「美佳様ぁ、こちらの荷物は奥の部屋に運びまぁす」

「ありがとう。マジックで書いたとおり、それぞれの場所にね」

「はぁい」

 二ヶ月ほど前と同じやり取りをする。今回もオートロック、各部屋管理AI付きの1K一人暮らし用の部屋で、既にトールが上位AIとして登録している。以前と違うのは、部屋の広さが少し狭いのと、男女混合の学生向けマンションということだ。

 美佳は段ボールを一つ、テーブルの上に乗せて開けた。中にはご近所回り用のクッキー缶が七個入っている。

「まずは……」

 そのうちの一つを手に美佳は

「隣に挨拶に行くわね」

 トールに声を掛けて靴を履いた。

「トールも行きまぁす」

 アタッチメントを外してトールがふわふわと着いてくる。

 玄関を出て、隣の部屋のドアのチャイムを押す。

『はい』

 インターフォンから男性の声が返る。

「隣に引っ越してきた者ですが、ご挨拶にきました」

『ああ、わざわざどうも』

 ドアが開く。奥の部屋から星間ネットの配信番組だろう。心霊チャンネルらしいおどろおどろしいナレーションと音楽が聞こえてくる。

「えっ!?」

 玄関で自分の顔を見て驚く彼に美佳はにっこりと笑った。

「四号室の瓜生美佳です」

 小さく頭を下げ、クッキー缶を差し出す。

「三号室の三好雅彦さんですね。よろしくお願いします」

「お願いしまぁす」

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