第3話 う~む

動画を投稿したのは土曜日の昼間だった。


翌朝になっても、いまだにスマホに通知は来ない。再生数は最初に見たときは6回

次に見たときは11回、寝る前最後に確認したときは14回だった。


いいねもコメントも0。バズる所か、存在にも気づかれていない。

少ない再生回数には自分も混ざっているし。

まあ、当然だ。宣伝も何もしていないし、誰かに知らせた訳でもない。

幾千、幾億ある投稿動画から自分の投稿がすぐすぐ見つかるなんて都合の良い話はそうそう無いものだ。


「......まぁ、こんなもんだろうなぁ」


期待してなかったわけじゃない。

それでも、‘‘見つけてもらう‘‘事の難しさは、前世からよく知っている。

そんな難しい中、自分以外に再生してくれた人が少なからずいる。それが誤クリックですぐ閉じられたものでも、興味を持ってくれた物でもなんでも、自身が産み出した作品を見て、聴いてくれているかもという可能性が、ただ嬉しかった。


そんな心持ちのまま、PCの前に座る。

この世界の音楽事情について今の今まで興味が無かった。今世の自分は音楽そのものに興味も殆どなかったし、今何が主流で、どんな音楽が世に出回っているのか全く知らない。

今朝思い返して初めて気が付いた事を知っておきたかった。


「何が流行ってるんだっけ?」



調べ始めてすぐ、違和感にぶち当たった。

男性ボーカルの楽曲が、ほとんど出てこない。いや正確には楽曲ランキングの上位にはいるのだが決まって出てくるのは数グループ程度で、それ以外が殆ど出てこないのだ。その他はアイドル、シンガーソングライター、ボカロPに至るまでほぼ女性。の声、女性目線の曲が主流だった。


自分も投稿した動画投稿サイトYOYOTubeで検索してもヒットする男性歌手は極僅か。日本単体がそうなのか、世界ではもっといるのか不明だが、調べれば調べる程に少なさがまだって行く。

公式アカウントなどで大々的にリリースや宣伝しているのは有名な事務所の極数人のみ新人や無名の男性ボーカルは、まるで存在していないかのような静けさだった。



「......そうか。男自体が少ないもんなぁ」



当たり前である。この世界に女性は多く、男性は少ない。前世えの感覚と照らし合わせると違和感があるが、今世ではそれが‘‘普通‘‘なのだ。

当然男女の比率は各方面に影響する。音楽の世界でもバランスが偏っていくのは、自然な流れなのかもしれない。


だからこそ、《男の声の需要が低い》のでは無く


》がある。


更に掘り下げると気になる傾向が浮かび上がってきた。この世界の男性歌手による楽曲の過半数は《恋愛》をテーマにした‘‘真面目なラブソング‘‘ばかりの様だった。


≪君に出会えて良かった≫ 

≪隣にいたいね≫ 

≪一緒にいようよ≫ 

≪大好きだよ≫


など一見、王道のラブソング。でも今の自分にはその歌詞に、歌手に何かが引っかかる様な感じがしてならなかった。

どこか薄っぺらく、感情が載っていない様な、どこか他人ごとの様な違和感がぬぐえない。

そう、そこには 》 》が乗っかっていない気がした。


その原因に至るには時間が掛からなかった。


男性が少ない世界で恋愛経験のある男性なんか絶対数が限られる。

そのうえ、現在の結婚の大半は、親同士で決めたお見合いで決まるらしい。恋愛を経験せずに実質強制的な結婚を強いられるし、そうでない場合も義務的な制度で結局本人の意思とは関係なくパートナーを充てられる。そんな文化が今では当たり前になっている。


__つまりは、この世界のほぼすべての男性は恋愛を知らない。


にもかかわらず、恋愛曲を女性に求められるまま‘‘男の声‘‘で歌わされる。

作詞した人物の理想をなぞっただけの言葉の羅列。歌い手に実感が無いから

歌にも感情が乗ってこない。

何人かの人気男性歌手のライブ映像も見てみたけれど、どこか抑揚が足りない。声の表情が乏しく、淡々との印象だった。




「恋をしたことが無い男が、男の恋の歌を歌わされる...か......」


だからこそ、あの違和感が生まれた。

‘‘感情の空洞‘‘みたいなものが、どの歌にも漂っている。そんな曲たち。

確かにメロディは綺麗だし、歌詞の内容もいい感じに纏まっている。でもどこか心に刺さりきらない。

前世の俺は学生の頃に恋もしたし。失恋もした。どうしようも無く人を思った夜も、感情に振り回された日もあった。大人になってからもキャバ嬢にすり寄ったり、嫌われたりもしたし、飲み屋のママに本気で恋しそうになったことも沢山ある。

俺の中には前世の俺自身の本物の恋があった。

たとえそれから性欲が抜かれていたとしても、過去のものだとしても、今は違う体で違う人だとしても、その思い、感情自体は絶対にだ。



DAWを開く。

モニターに並んだ真っ白なトラックを前に、意識がすっと切り替わった。


頭の中では、すでに音が鳴っている。

イントロのコード進行。バスドラムのリズム。ベースの動き。

マウスを握った指は迷わない。

キーを叩く動作に、思考は必要なかった。

ドラムが置かれ、ベースが刻まれ、ストリングスが流れ込む。

音色の選択も、エフェクトの調整も、まるで最初から決まっていたかのように自然に収まっていく。


歌詞は、画面に文字を打つよりも早く、旋律に合わせて心の中に浮かんでいった。

愛しい人に向けられた真っすぐな言葉。

新しく芽吹く楽曲は俺の過去の記憶と感情が確かに重なっている。


録音の準備を整え、ベットに潜りヘッドセットのマイクに息を吹き込むように深く息を吸った。

そして、声が自然に溢れ出す。


澄み切り、揺らぐことなく流れる旋律。

恋を知り、失い、それでも愛しいと願った日々――その記憶が一音ごとに焼き付けられていく。

すべてのフレーズを歌い終えたとき、静寂が部屋を満たした。


主人公はそっとヘッドセットを外し、ベットから這い出て机の上に置いた。

椅子に背を預け、しばらく天井を見上げたる。胸の奥に渦巻く余韻は、不思議なほど澄んでいる。


音源をエクスポートし、ファイル名をつける。

前曲とは違い、前世の楽曲を意識して作ったこの曲の名前ほ心のままに記入する。


【愛しい人たちへ】

小さくEnterを押した瞬間、保存のバーが流れ始めた。

たった数秒で終わるその動作さえも、妙に長く感じる。


保存が完了したウィンドウを確認し、今度はブラウザを開く。

YOYOTubeの投稿ページ。空欄のタイトル欄にさっきのファイル名を打ち込み、概要欄には余計なことは書かない。どんな評価を受けるかはわからない。

アプロードが終わり、投稿が完了した事を確認したあと

ちょこっといたずらが成功した様なそんな達成感を感じながらPCを閉じた

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