樹海の下、静寂、斬り穿ち貫き砕く剣戟を

「僕が……要らない?」

 ただ、その言葉が反響している。

「当たり前じゃん。君は良い仕事をしてくれたけどはっきり言ってもう用済みなんだ」

 女性の笑顔は張り付いたまま、外見が変化する。

 

 言葉に表せられないほどに、異形だった。

 腐った臭いと、禍々しいオーラが漂う。

 その姿は、彼が呟いた。  

「アクマ……悪魔だ」

「そう。私は悪魔。名をアル・シェータ・アイゴニィ・デ・トーチャー。あなたは私を封印から解き放つ為に動いたただの道具。そしてもう要らなくなったゴミ」

 

 アル・シェータは己の後ろに地獄の炎を纏う巨大な丸鋸を顕現させる。

 吉崎はそれを見上げるしかなかった。

「ここであなたの物語はお終い」

 丸鋸が唸りを上げて吉崎の下へ振り下ろされる。

 暗い森の中、その丸鋸の纏う炎が幻想的で、眺めているばかり。


———ああ。結局、何もやらないまま終わった。


 ただ、この世から去りたいという願望を持ってあの神社へと行っただけなのに。

 あの時、目の前で見た異形は僕を救うと思っていた。

 救世主になれるという希望で僕は笑った。

 でも、違った。結局のところ使い潰されるだけの一般人。

 ゴミはゴミ箱に行くのが当然なんだ。


「いや、それは違う。少なくともお前は選ばれた」


 ガギィィィィン。

 金属音と共に大地を抉るはずだった丸鋸が弾かれる。


「そいつが如何に厄災であろうとも、お前は原初に選ばれた。それは誇りに思った方がいい」


 吉崎の目の前に黒い袴を着た男が巨大な丸鋸を剣で受けて立っている。

 それを軽く弾き飛ばし、その剣で丸鋸を砕く。


「何、あなた」

 アル・シェータは突然現れた乱入者を睨む。

「いや、“俺達の仲間”を利用して復活を試みる悪魔がいると星の声を聞いたんでな。さすがに理を壊させる訳にもいかなんだ」

「悪魔が復活することが理を壊すなんて、抑止力も随分と怯えてるものね」

 アル・シェータは乱入者に向けて指を差す。

「ああ、大体

 陣笠を被ったその男の出立ちはまるで侍。

 しかし、彼の手に顕現したのはその雰囲気に似合っていない西洋の両刃剣だった。

「限定解除、汎用コモン“ツヴァイヘンダー”」

 男の身長よりも少し大きな大剣。

 両手で握り、肩に担ぐように構える。


「“夜の恐怖、怯えて眠れ”」

 アル・シェータの指から魔法陣が4つ展開される。

 その中から、幾千もの刃が飛び出す。

 しかし、男はそのまま真っ直ぐ駆け出す。

「いいじゃねぇか」

 巨大な大剣を担いでいるにも関わらず、刃の嵐を弾いて、避けて、進んでいく。

 そして、アル・シェータの眼前で足を踏み込み、遠心力のみでツヴァイヘンダーを振るった。

 打撃に近いその斬撃は、彼女の腕をへし折った。


「“グラディウス”」

 幅広い両刃の剣身の短剣を召喚し、それを彼女の首へと突き刺した。

「あ、が…?!」

 男は柄を引いて、アル・シェータの首を引き裂いた。

 傷口から大量の血液が噴水のように噴き出して、男の顔を真紅に染めていった。


 彼女だったものはその場に崩れ落ちて動かなくなった。


「……ふう」

 男は顔にかかった血を袴の袖で拭う。

 そして被っている陣笠を投げ捨てて、にかりと笑って吉崎の方を振り向いた。

「よう。初めましてだな」

 白髪混じりの黒髪。

 精悍な顔つき。

 何より目立つのは、その顔を半分以上埋め尽くす火傷の跡。


 しかし、吉崎は知らない人間だ。

 第一、人間ならこの森の中で朽ちていく筈なのに……

 どうして彼は動いているのか。

「あ、あ、あなたは……?」

 恐る恐る、尋ねてみる。


「俺は、“原初の剣”太刀神剣人。あ、今のこの身体と人格は俺、剣人だから……ちょっと待ってろよ……」

 剣人はスッと目を閉じて、もう一度開く。


「久しいな、狂よ。テキサスで死合おうた時以来か?」

 鋭い口調で、吉崎の中にいる存在に話しかけていた。



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