夜明け前

 2001年 アメリカ。テキサス州。

 日差しが照りつける荒野の上に一体の獣が立っていた。

 二足で立ち上がり、姿を1秒ごとに変容させていた。

 狼、虎、猿、鷲、獅子、山羊、蜥蜴……

 貌や身体は変わろうとも、二足で立つ事は変わらなかった。

 何故ならば、それは王であったから。

 全ての獣を従える力を持った獣の王という概念的存在だから。

 

 それでも、獣の王は人にはなれない。

 それ故に姿は人に似つかない不完全なものだった。

 まるで人に至る事が出来なかった欠陥品。

 人の形を模した人の模造。

 いくら王であろうと獣は人間に成れないという証明。

 しかし人王にはない、王であるが故の宿命というものを秘めている。

 

 それを知った上で獣の王はテキサスの大地に立っていたのだ。

 乾いた風に乗って砂埃が舞い上がる。

 そして、鋭い殺意を感知する。

「———!!」

 ただの人間には感知できない距離、既に振り返ったのが正解だった。


 遥か地平線から一本の剣が駆けている。

 骨や牙を継ぎ接いで作られた白い剣。

 獣はそれを掴まえる。


 敵……

 ギロリと、鷹の目が槍の現れた方向に向かう。

 遥か数キロメートル先、荒野の上に立つは一人の戦士。身体の内に秘められる膨大な魔力量。

 白く輝く剣。

 赤く煌く剣。

 青く迸る剣。

 計12本の姿の異なる聖剣が戦士の周りを守護しているかのように漂っている。

 

 パキリと白い剣を素手で砕く。

 剣の残滓が地面へと落ちていく。

 同時にさらにもう一本の剣が大地を走る。

 剣を砕いた手の甲で弾く。

 その先に、幾つもの剣がまるで流星群の如く荒野の上を駆けていた。

 感知される魔力量からして全てが聖剣、魔剣級。

 ただの人間には扱えることすらも不可能。


 だが、あの戦士はその不可能を可能にしている。

 それが転生者であるという証であった。


 獣の王は、襲いかかる剣を余すことなく全て壊す。

 一つ残らず全てを砕き、潰す。

 一つでも逃せば、それが面倒な事になりかねない。

 最後の一本が飛んでくる。

 それを渾身の一撃で壊す。

 その瞬間だった。


「フレイムブラスト!!」

 どこからか炎の玉が飛んでくる。

「サンダースピア!!」

 雷の槍が空から飛んでくる。


 獣の王はそれを拳で弾く。

 炎と雷は振り払われた拳に打ち消されていった。

 しかし、獣の王は思わぬ横槍に困惑してしまう。


 「まさか……」

 いや、そのまさかだろう。彼がおめおめと広大な荒野で決闘などはしない。

 それは自分の力量が獣の王に至る事ができてないのを悟った故の事なのだろうが、


 獣の王を取り囲むほどの人、人、人……年齢、性別、人種問わずテキサスの荒野に群がっていた。

 その全てがなのだ。

「理を覆す者……世界の維持の為に殺すべき対象か」

 人の形に留まりながらも、変容していく姿。

 その身体の内に殺意が混じっていく。

「殺すべきならば……確実に殺す。それ即ち原初の宿命」

 日は沈む。

 空を焼き、空を黒く焦がす。

 魔力量の上昇。

 感知した周囲の転生者が後ずさる。

「どうした。我は獣の王。汝らの力に応えられるのは王としての矜持。誰からでもかかってくるがよい」

 挑発。

 直後、多種多様の魔法が獣の王に向かって降りかかる。色とりどりの魔法が流星群となってテキサスの大地に落ちてきたのだ。


「それで良い」

 獣の王が一歩、踏み出す。

 すると、どうしたことだろう。

 テキサスの荒れた土からぽつぽつと緑が芽吹き始めたではないか。

 若芽は急成長し、獣の王が歩いた足跡から木々が生え、やがてそれの後ろで小さな森が広がっていた。

「王として、獣を導く者として……」

 獣の王の手の中で剣が紡がれていく。

「いざ——」

 駆け出す。亜音速に達したまま周囲の転生者を一人ずつ形を保たない剣で斬りつける。

 一、二、三……


 不定形の剣が次々と転生者達の身体を滑っていく。

 的確に急所を斬って次々に屍を積んでいく。

 斬撃に次ぐ斬撃。

 剣を振る動作から野生の片鱗がみえる。

 それでいて、卓越した剣術。

 

 華麗な剣戟は、襲いくる転生者を喰らう。

 突き、刺し、斬る。

 たったそれだけで、荒野にいた全ての転生者を蹂躙し尽くしていた。

 ——たった一人。12の剣を漂わせ、静かにその惨状を見つめていた戦士を除いて。


 思えば簡単な事だった。

 至極、単純な事だった。

 それなのに、疑問にすら思わなかった。

 

 彼を最後に残したのが。その事を理解できていなかったのだ。


「なるほど、いくら人に成る事ができずとも剣術の模倣は出来るのか。さながら低脳な怪物が武器を振るように」

 周囲を漂っていた十二の剣が戦士の後ろに整列する。

「だが貴様の織りなす剣はただの雑兵のもの。所詮は剣に振られるだけの存在よ」


 十二の剣の中から、一本の剣を手に取る戦士。

 剣先を獣の王に向けて中段へと静かに構える。

「見せてやる。剣術の極致というものを」

 ただ冷静にその言葉を吐いて、駆けた。


 荒野の日が沈む。

 同時に両者の剣が振られていた。


 結論から言えば——獣の王は負けた。

 戦士の剣術に為す術なく逃げたのだ。


 当然の事だった。

 獣の王が振った剣は悉く躱されて、一方的に聖剣の斬撃を幾度も見舞われたのだ。


 逃亡は獣の王にとって屈辱でしかなかった。

 聖剣にどんな力があったのかは解らないが、力を削られた。

 致命傷までにはならなかったものの身体中が傷に覆われ、血に塗れている。


 獣の王は屈辱と怨念と共に海を超えた。

 正確には超えざるを得なかった。

 アメリカの土地に埋もれた魔力が尽きてしまったからだ。

 ハワイ島に移る手段もあったが、そもそも既に神秘が貪り尽くされた土地にもう用がなかった。


 それ故にわざわざ海を超えてやってきたのだ。

 そして、日本の地で傷だらけの獣の王は静かに眠った。

 

 一つの悪意に利用される事も知らずに……

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