幕締〜井の中の空〜

『国家認定ギルド“東都武人会”一級冒険者ナナ・トゥデイ、【黒の帝王シュワルツカイゼル】の機能完全停止を確認』

 その通達は、彼女の死を意味していた。

 十六八重菊の紋が押された茶封筒で送られた1通の手紙。その内容は瞬く間に全国に広がり日本中を震撼させた。


「ナナ・トゥデイといえば、東京異界戦争で活躍した黒鉄皇シュタールの娘らしいのよ。実際、彼女も東京戦争に参加してたみたいだし」 

 人の少ないファミレス中に男女2人。

 黒髪の女がスーツ姿にも関わらず、頼んだポテトフライをつまんでいる。

「でも強さとしては大した事はなかった。所詮、鉄屑に頼っただけの凡才に過ぎなかったよ」

 塩を振ったケチャップをポテトでかき混ぜながら呟いた。

「しっかし、彼はよくやってるよ。ただの器に過ぎないのに少しずつアレを慣らしていってる。3日で破滅するかと思ったけど……」

「まだ利用のしがいがある……ってか?」


 唸る様に呟いたのは女の目の前で腕を組んで睨む男。

 彼の前に置かれたコーラのグラスの中の氷が溶けてカラリと軽い音が鳴る。

 

「どんなに凡才とはいえ東京戦争を掻い潜った“一級”。それを殺せる程の実力がアレにある。ならば活用しない手はない……」

「ふぉう。ほうひうふぉふぉ」

 ポテトを頬張っている女。

 ゴクリと咀嚼したものを飲み込み、妖艶に微笑む。

「そもそも冒険者と言っても転生者とそうでない人に分かれるから——」

「たまたま運が良かっただけだろ」

 炭酸の抜けたコーラを飲み干して、スーツの女の話を遮る。

「今回が後者だっただけ。相手が良かっただけで次も上手くいくとは限らない」

 語気を強めて放った男の言葉に女の身体がピクリと止まる。

「転生者は強力な魔術と秀でた能力を持つ。そうなればアイツであろうとも苦戦はしてたはずだ。いくらアレが“獣の王”だからといって世界の理を覆す事ができる転生者相手に蹂躙は出来んだろうよ」


 女はその言葉を聞いて、 

「ふふふ……」

 思わず噴き出してしまった。

「あっははははははは!!!」


「何がおかしい?何も間違った事は言って——」

「いや、間違ってるよ」

 笑い過ぎて頰を伝った涙を指で拭う女。

「あなたはアレを“獣の王”のだと思ってるでしょ?」

「?」

「獣の王は正真正銘、原初の獣。理の転覆を防ぐ世界の抑止力」

「なんだと……?」

「原初の称号を持つ存在は指で数える程しかいない。けれどもその全ての原初がある“力”を持っている」

「力……」

「そう、理を維持する為に与えられた世界を塗り替える力———“界干渉”」

「界干渉……」

「その力は結界ではないし、幻術でもない。いま体感している現実を塗り替える」

 女は皿に残った小さなポテトに余り過ぎたケチャップをつける。

「そして、塗り替えられた世界は

 また、女の顔に妖艶な笑みが浮かぶ。

「もう、分かるよね」

「吉崎大のいる場広町は。そしてその森は転生者であっても出る事は出来ない……そういう事か」

「そうそう、そういう事」


 男は、満面の笑みの女を見て

「とんでもない悪魔クソだな」

 それだけを放った。



 ナナ・トゥデイの研究室ラボラトリー

 彼女亡き今、銀色の機材が置かれた研究室には誰も人がいない。

 

 はずだった。


 コツ、コツ、コツと靴が床を叩く音が鳴る。

「確かに彼女は凡才だったよ。現に父親から継承された鋼鎧グラヴィドを最後まで最大限活用出来なかったという事実が生まれた」


 机上の機材を撫でながら、1人呟く黒い影。

「アレはもう厄災だ。止めるのはほぼ不可能な厄災」

 パソコンの隣で密かに唸っていたのは印刷機。

 印刷された紙を一枚吐き出す。

 影はその紙を手に取り、冷ややかに眺める。


 その紙に書かれていたのは、

 “ダンジョン申請書”


「故に凡才は厄災を殺す事が出来なかった。だから彼女は求めた。を。それが厄災の餌になると知らずに……」


 影はその紙を懐の中へとしまい、来た道を戻って行った。

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